現代新書カフェ
2014年02月19日(水) 佐藤健太郎

奇跡の特効薬「ペニシリン」 誕生を生んだ史上最大のセレンディピティ

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 ありふれた奇跡

「歴史を変えた医薬品」を紹介してきた本連載は、ついに真打ちともいうべきペニシリンにたどり着いた。この薬を手にする前と後で、人類のあり方は全く変わってしまったといえる。20世紀前半――まだそう遠い昔ではない――には、一度感染すればただ回復を祈るだけしかできなかった数々の病気が、ペニシリンの出現後はやすやすと治るようになった。「20世紀最大の発明」という評価は、全く大げさではない。

 これまで、いくつかの薬が歴史上の有名人を救ってきたエピソードを述べてきた。しかしペニシリンが救った人命の数は、少なく見ても数百万という単位になる。おそらくこれを読んでいる読者の中にも、ペニシリンがなければすでにこの世にない人がいることだろう。

 明治期から戦前にかけて、日本人の平均寿命は40歳台で推移している。乳幼児死亡率は高かったし、20代30代の若さで亡くなることも、なんら珍しいことではなかった。しかし1950年には日本の平均寿命は60歳前後となり、現在では80歳近いラインに達している。これには、栄養状態・衛生環境の改善などの要因もあるが、ペニシリンを初めとする抗生物質の普及も大きな役割を果たしている。

 この「奇跡の薬」が、現在では手近の薬局で数百円も払えば手に入る、極めてありふれた薬になっている。80年前の人々と現代の我々には、そう大きな違いはない。同じような服を着て同じようなものを食べ、同じように泣き、笑い、話す。ただ、感染症ということに関しては、両者は全くの別世界なのだ。

 これだけ世界に大きな変革をもたらしたペニシリンであればこそ、その誕生は多くの伝説、神話に包まれている。まずその主人公となったのは、ロンドンのセントメアリー病院に勤めていた細菌学者、アレクサンダー・フレミングであった。

いくつもの偶然

 19世紀後半に、イギリスの外科医ジョゼフ・リスターによって消毒薬が発見され、感染症の予防に大きな威力を発揮したことはすでに述べた。しかし、彼が用いた消毒薬フェノールは、体内に入り込んだ細菌に対しては無効か、あるいはさらに症状を悪化させた。フェノールは細菌よりもむしろ、これと戦ってくれる白血球を先に破壊してしまうためだ。そこで、人体の細胞には作用せず、細菌だけを殺してくれる物質が求められていた。

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