中国
驚きの中華民族!! 両岸関係強化に前向きな習近平主席と馬英九総統、それぞれの思惑
[左]王郁琦(国務院台湾弁公室主任)、[右]張志軍(行政院大陸委員会主任)〔PHOTO〕gettyimages

ついにここまで来たかという思いだ。2月11日、中国の「台湾担当大臣」にあたる国務院台湾弁公室主任の張志軍と、台湾の「中国大陸担当大臣」である行政院大陸委員会主任の王郁琦が、南京の紫金山庄で会談し、握手したのだ。

日本人にとっては、それがどうしたの? という感じかもしれないが、これは両岸(中国と台湾)の人々にとっては、身体が震えるほどの大事件なのだ。日本の外務大臣が平壌へ行って北朝鮮の外相と握手するようなイメージと言えば分かりやすいだろうか。

この会談では、共同声明などは出なかった。それは通常の会談と異なり、「握手すること自体が目的」の会談だったからだ。

経済をエサに中台統一を促進してきた中国

1949年に中華民国の国民党が国共内戦に敗れて台湾に落ちのび、共産党が中華人民共和国を建国して以降、両岸関係はたびたび世界を驚かせてきた。

例えば、1987年に台湾側が戒厳令を解除して、台湾企業が中国大陸に進出し始めた。現在、中国でiPhoneを作っている台湾最大の精密企業「鴻海」は、この時、解禁第一号で広東省に工場を作った企業だ。

続いて、1992年の「九二共識」(92年コンセンサス)にも驚いた。この時は、中台双方が「一つの中国」の原則を堅持することで合意した。すなわち、中国側は「一つの中国」とは中華人民共和国のことで、台湾側は中華民国のことであると解釈することにしたのだ。

しかも、署名した人が後々、自国で責められることを防ぐため、「口頭による合意」とした。双方で合意の意味がまったく異なり、しかも署名文書のない約束をするなど、中華民族以外には思いつかない芸当だろう。

だが、この「九二共識」によって翌1993年、中国側の民間窓口機関である海峡両岸関係協会汪道涵会長と台湾側の民間窓口機関である海峡交流基金会の辜振甫会長がシンガポールで会談した。

さらに2005年4月には、国民党主席の連戦が北京を電撃訪問し、共産党総書記の胡錦濤と握手した。この時、私は北京に取材に行ったが、本当に驚愕した。1945年に国共内戦になって以来、60年ぶりに両党のトップが握手したからだ。

だがこの時、国民党は野党に転落しており、台湾内部では権限がなかった。いわば野党外交だ。

2008年に国民党の馬英九総統の時代になって、中台関係は「三通」(両岸の通航、通信、通商)が完全に実現した。初めて北京首都国際空港で、台湾の飛行機が横付けされているのを見た時にも、驚愕して思わず写真を撮ってしまった。いまでは毎日100便近くが往来するが、つい5年前までは驚愕の出来事だったのだ。

さらに、2010年9月には、ECFA(両岸経済協力枠組協議)を発効させてしまった。これは中台間の自由貿易協定だ。これによって、両岸の経済交流は加速化していった。

人口2400万の島内では発展に限界があるため、台湾企業の大陸進出加速化は、必須な流れだったのである。

中国側としては、「以経促統」(経済をエサに統一を促進する)という鄧小平の遺訓に従った政策を進めてきたまでだ。実際、昨年は220万人もの中国人が台湾を訪れ、台湾に多額の外貨をもたらした。

中国側の発表によれば、2013年の中台貿易額は、前年比16.7%増の1,972億ドルである。これは日中貿易額のちょうど3分の2にあたる。うち台湾→大陸が、前年比18.5%増の1,566億ドル、大陸→台湾が、前年比10.5%増の406億ドルである。つまり、中国側の大幅な貿易赤字だ。

それでも中国からすれば、中台接近が進めば進むほど、統一に近づくと考えている。

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