[虎四ミーティング~限界への挑戦記~]
寺川綾(元競泳選手)<前編>「現役を“卒業”した理由」

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名伯楽との出会い

二宮: 山あり谷ありの競技人生だったと思いますが、最後はハッピーエンドというかたちで終えられたと。やはり平井伯昌コーチとの出会いが、ひとつのターニングポイントだったのでしょうか? 
寺川: はい、間違いなくそうだったと思います。

二宮: 寺川さんが代表入りを逃した 08年の北京五輪で銅メダルを獲得したのが、中村礼子選手でした。その中村選手を指導していた平井コーチに、北京五輪後、寺川さんは自ら弟子入りを志願しました。ライバル選手のコーチの元に行くのは、相当な勇気が必要だったのでは?
寺川: 私の中ではそういう意識はなかったですね。国内だけを考えれば、ライバルになりますが、日本チームとして海外に出た時は、みんな仲間なんです。だから平井先生が、ライバルのコーチだという意識はあまりなかったですね。それよりも、自分が海外で活躍するためには最も重要なコーチだという思いで、自然と惹きつけられた、という感じでしたね。

二宮: ところが、最初は快い返事はもらえなかったそうですね。
寺川: はい。平井先生には断られて、「ちゃんと考えろ」と言われました。

二宮: ショックだったのでは?
寺川: ショックというよりも、どうすれば伝わるのかな、といろいろと考えましたね。今となってはそれがすごくプラスになったなと思うんです。あの時にいろいろと考えて、きちんと自分の思いを伝えたからこそ、ここまで続けてこられたんだと思います。

二宮: すぐに周りの人に助けてもらおうとするのではなく、自分の道は自分で切り拓くと。
寺川: もちろん相談はしますが、結局決めるのは自分ですからね。やらなくて、そのまま後悔するよりは、やってダメだったら仕方ないと。その時はその時で考えればいいのかなって思っていましたね。

二宮: 寺川さんの熱意が実り、“チーム平井”に入ることができました。実際、指導を受けてみて、いかがでしたか?
寺川: 泳ぎの面や、トレーニングの仕方ももちろんですが、“考える”ことの重要性を学びました。つまり、試合で結果を出すためのプランニングです。まずは、しっかりと目標を定め、それを達成するためにどういうふうなトレーニングを、いつのタイミングでやっていかなければいけないか。それを平井先生は選手に考えさせて、納得させて、それから行動に移させるんです。その導き方がすごく自然なんです。常にやるべきことがあって、試合に向かっていけるということが充実して楽しかったですね。