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[虎四ミーティング~限界への挑戦記~]
寺川綾(元競泳選手)<前編>「現役を“卒業”した理由」

2014年02月14日(金) スポーツコミュニケーションズ

二宮: 昨年 12月に現役引退を発表し、 25年間に及ぶ競技生活にピリオドを打ちました。記者会見では水泳は生涯スポーツということから、“引退”ではなく“卒業”と表現されていましたね。辞めることは、いつ決めたのでしょう?
寺川:  2012年のロンドン五輪が終わってから、なんとなくは考えていましたね。翌年のバルセロナでの世界選手権が始まる前には、ほぼ考えは固まっていました。

二宮:  16年のリオデジャネイロ五輪を目指すことは、最初から頭にはなかったと?
寺川: そうですね。ロンドンで銅メダルを獲って、次のリオでメダルを獲らないというわけにはいかないと思ったんです。右足首の故障もあって、その覚悟ができなかった。それを加味して考えて答えを出しました。

二宮: 右足首の状態は、相当悪かった?
寺川: 痛みは出たり出なかったりでした。練習に全く差し支えのない時もあれば、ほとんど何もできない時もありました。痛み止めの注射を打ったりして、色々試してみたのですが、なかなか効果はありませんでした。手術してリハビリして、と考えたら、年齢的にも、五輪までの時間を考えても、ちょっと厳しいんじゃないかなと。

二宮: 競泳選手にとって、足首は一番大事なところです。
寺川: そうですね。足首というのは、推進力を生み出す部分なので、とても重要なんです。

二宮: 水中での負荷が足首の痛みを増幅させたと。
寺川: 幸運にも、これまでは大きな大会の時には痛みが出なかったので、良かったのですが……。練習で痛みが出た時は、当然 100%のコンディションに持っていくことができなかった。そういう状態でレースに出ても、結果的にタイムや勝ち負けがどうとかではなく、今まで水泳を続けてきた自分自身が納得いかなかった。そこが“卒業”の決め手になったんだと思います。

二宮: 引退については、以前から平井コーチには話をしていたのでしょうか?
寺川: もちろんケガのことは知っていて、治療とかも平井コーチに相談しながらやっていたんです。ただ最後の最後は先生にも、辞める辞めないの相談はほとんどしていませんでした。でも、わかっていたんじゃないかなと思います。

二宮: アスリートの身の引き方は人それぞれで、納得して燃え尽きた選手もいれば、“物足りない”と思いを引きずったまま退かれる選手もいます。寺川さんは今、どのような気持ちですか?

寺川: 私はもう本当に悔いなく、充実したまま終えられたな、と感じています。ケガを治療しながら現役を続けていくことは、確かに可能なことだと思います。選手として最後の最後まで全てを出し尽くしながら、引退されていった先輩方もたくさんいました。もちろん、そういう辞め方も素晴らしいと思います。ただ、私は水泳を長いこと続けてきた中で、沢山の方に応援してもらい、最後は「良かったね」というふうに言ってもらえた。そして自分自身も笑顔で終われることは、最高に幸せなことなんじゃないかなと思えたので、そういう選択をしました。

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