角田光代スペシャルインタビュー「子どもを産もう」と決めることが人間が一番持ちうる善意というか、ピュアな・・・プラスの気持ちだと思ったんです。
PHOTO:森清

『ひそやかな花園』は、ミステリアスな要素もあり、親子とはなにか、友情とはなにかをも考えさせ、何よりも命そのものに光をあてる素晴らしい小説だ。一方で、不妊治療や精子バンク、AID(非配偶者間人工授精)など、とても繊細な題材を扱っており、かなり勇気のいる挑戦作であったともいえる。なぜ角田さんはこの作品を書きたいと思ったのか――。

人の「プラスの気持ち」の塊を書きたかった

――実は『ひそやかな花園』について語るのは、今回が初めてですね。2010年に刊行された本作、これを書こうと思われたきっかけは何でしょう。

角田 アメリカの精子バンク(※1)の話を読んだのが最初のきっかけですね。アメリカではビジネスとして成立しているけれど、日本ではビジネスにはならないだろう。それはどうしてだろうと思ったんです。

――なぜならないと思ったのでしょう。

角田 その本を読んだ後に、深夜テレビで日本の出産や不妊(※2)治療をめぐる番組をやっていたんです。精子バンクは大学病院での実績はあるけれど、民間ではどうなっているのか、あまり明らかにされていない。それはなぜだろうかと考えると、血のつながりという存在が日本はきっと大きいからだろうと。“血の信仰”といっていいのではないでしょうか。

――確かに、里親制度(※3)利用者も多くありません。

角田 こういう小説を書こうと思っていろいろ調べました。そうすると実際AID(非配偶者間人工授精)(※4)で誕生した方々が、私が想像した以上に深く傷ついて悩んでいることを知りました。そしてそこから抜け出せていないことが多い。その状況を知ったことで、自分は小説でその是非を問いたいわけではないとはっきりして、これは作り話、むしろSF的なものにしなければならない、日本ではありえない状況をまず最初に考えなければならないと感じました。

それでこういうクリニックがあって、日本では本当にありえないですけれど、アメリカで見聞きするような、精子売買のような施設があって、そこでは自由にどんな人の精子かを選ぶことができる。それを知った人たちがいたとして・・・・・・というところから始めました。

――医院を兼ねている民間の精子バンクで、希望する人は誰でも治療を受けることができ、個人名はわからないけれどその人の出身校や病歴などを見て選ぶことのできるクリニック。現実的にはありえないような病院を設定したところから物語がはじまったんですね。

角田 そういう状況下で子どもを産むことを選んだ親たちから書きたかったんです。精子を提供してもらって産まれた子どもたちではなく、どうしても子どもを持ちたいと願った親たち。