「明日への安心感はあるけれど、20年後には不安と絶望しかない」10代の僕ら"絶望世代"の声を届けたい

2014年02月13日(木) 青木 大和
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留学先の高校で僕はいきなりある教室へ放り込まれ、オバマ大統領の演説を動画で見せられました。僕も含めてそれまでは、机に足をのせていたり、クッ キーをずっとつまんでいたり、スクワットしたり、コーラ飲んでいたような生徒たちがみな真剣なまなざしで動画を見つめ出したのです。そして、動画が終わる と自然とグループができて、みんなが何か言い出しました。合っているか、間違っているかわからないけれどみんな自分の意見を大きな声で言うのです。

その体験から僕は、「あっ何か言っちゃったもん勝ちなんだな」と思い、英語が出来ないのに下ネタを言ったり、くだらない話をしながらボディランゲージで会話をしてクラスに打ち解けていきました。

また、学内では、模擬投票が1年中行われており、学校のルールを変えたい色んなグループがプレゼンテーションしてみんなで投票して、一番良かったところに学校の予算をつけて改善しようといった企画や、「民主党か共和党、どちらに投票しようか」といった模擬選挙もありました。

アメリカに行く前は一切政治に関心のなかった僕は、「周りに流され」「雰囲気におされ」いつしか政治のことを考えるようになり、政治について話すことがかっこいいと思うようになったのです。このような勢いが多くの若者をオバマキャンペーンへと動員し、「黒人で若くて大統領になんか絶対になれない」と言われていた人が大統領になることができたのだ、とアメリカで実感したのです。

仲間とはじめた新たな挑戦

そして、帰国後僕は、「15歳でアメリカへ渡り、政治をこんなに身近に感じることが出来たのは、世界中を見ても僕しかいない」と強く感じました。そんな恵まれた経験が出来たからこそ日本の中で若い世代と政治の架け橋となる活動をしたいと思うようになったのです。

当初は自分自身が政治の勉強をしなければならないと思い、部屋にこもって新聞から気になった記事を集めてスクラップブックを作ったり、本を読みあさったりしていました。また、政治塾へ足を運び勉強もしました。「若いのに政治のことを考えている」ということでいくつかのメディアにも出させていただきました。当時の僕は、それだけで「自分は政治を知っている。社会を変えることができているんだ」と思ってしまっていました。

そんなある日、クラスで一番仲の良かった親友に「大和は政治のこと頑張っているし、活躍しているのかもしれないけど、俺にはお前の凄さが一切わからないわ」と言われました。当時はその言葉がとてもショックで数ヵ月落ち込みました。しかし、僕はその親友からの一言で「1人でやっていても意味がない。仲間とチームを作って挑戦していかなければ」と強く決意することができました。

そして、2012年4月の「僕らの一歩が日本を変える。」を6名の仲間と共に立ち上げたのです。

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