第67回 安藤百福(その三)欧米人の食べ方、容器素材、麺の揚げ方。「知恵」の結集で出来たカップヌードル

一九六六年、安藤百福は、初めての欧米視察旅行に出る事にした。
世界に即席麺を普及させるヒントを得たかったのだという。

この旅行で、百福は、大きな収穫があった。
ロサンゼルスのスーパー、HM社にチキンラーメンを持っていった。
バイヤーに試食を頼んだら、彼らは戸惑っている。
何の気なしに、紙コップを持ちだした。
チキンラーメンを二つに割ってコップに入れ、お湯を注いでフォークで食べ、コップはゴミ箱に捨てた。

目から鱗が落ちるとは、この事か・・・・・・。
欧米人は、箸と丼では食事をしない。
その、当り前のことに、今の今まで、気づかなかったのである。

一九六〇年の夏。
『味の素』の会長だった三代目鈴木三郎助が、高槻工場にやってきた。
工場の設備を観察し、何度も足を運んでくれた。その後、『味の素』の社長になった鈴木恭二に挨拶に行った。
「アメリカに輸出したチキンラーメンが、売れているようですが・・・・・・現地生産をしては如何ですか」

生産は出来るけれど、販売ルートがないのです。
正直に百福は答えた。

「それでは、一緒にやりませんか。販売はうちがやりますから」
『味の素』は、すでに米国市場の販売網をもっていた。
三菱商事に行って、話をすると、食品本部長から「当社も一枚加わらせてください」。

一九七〇年、アメリカ日清が設立された。
インスタント・ラーメンが、いよいよ海外市場に乗り出したのである。
百福は、市場調査に大金を注ぐ事を好まなかった。
アメリカで、調査をした結果には失望した。
アメリカ人は動物性タンパクを好むから、澱粉主体の麺は売れない・・・・・・欧米人は猫舌だから熱いものは食べられない・・・・・・。