佐藤優の読書ノート---藤原智美:著 『ネットで「つながる」ことの耐えられない軽さ』
佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」号外(2014年2月5日配信)--読書ノートより

読書ノート No.91

藤原智美『ネットで「つながる」ことの耐えられない軽さ』文藝春秋、2014年1月

インターネットの普及による人類の知的構造の変化について、存在論的な考察を展開した優れた思想書である。

哲学、言語学、歴史学の専門的な知識がない読者でも、十分についていくことができるていねいな文体で記述している。ただし、思想の内容は高度だ。

英語の普遍化が日本語力の弱める危険性についての以下の考察はきわめて鋭い。

<日本語の土台の上に接ぎ木するようにして得た道具程度の英語力は、しょせんそれを母語とする人たちにはかなわない。英語という土俵に上がるまえに決着がついています。つまりその土俵とは思考そのものであり、日本語で考える人は圧倒的に不利なわけです。言語のルールは常に母語を使えるものに有利になっています。このルール上の優劣が英語化への圧力をさらに強めています。

将来を悲観的に見るなら、英語を母語のように使う人々と、日本語「しか」使えない人々との階層分化が起こるかもしれません。英語が巧みで英語的思考をするほうがその人にとって利益を生むと考えれば、日本語を学習することにエネルギーと時間を使うことは浪費と考えられるでしょう。

実際にその時代のその土地における経済力、覇権構造によって、多くの言語が消えていきました。グローバルネットワーク拡大のもうひとつの側面は「英語」対「他の母語」という言語間の戦争なのです。それは静かに、しかし急速に進行しています。>(33~34頁)

話し言葉と書き言葉における「送り手」と「受け手」の力関係に関する以下の分析もその通りと思う。

<ここで話しことばと書きことばの差異を整理しておきます。まず話しことばにおいては、話者も聞き手も感情的になりがちですが、書きことばは書き手も読み手も感情的というより、内省的で思索的になります。話の聞き手は、中身を情緒的に受けとめがちで、論理的に深く考察したりすることがむずかしい。一方、書きことばの読み手は、書かれた文章を行きつもどりつしながらも、自分の時間、リズムで内容を把握することができます。話しことばが話者の時間、リズムに支配されるのにたいして、書きことばの時間とリズムは読み手にゆだねられるわけです。

・・・・・・(以下略)

このテーマについて深く知るための「連読」3冊
・ユルゲン・ハーバーマス(河上倫逸他訳 未来社、1985~87年)
 『コミュニケイション的行為の理論 上
 『ミュニケイション的行為の理論 中
 『コミュニケイション的行為の理論 下
・柄谷行人『哲学の起源』岩波書店、2012年 
・プラトン(久保勉訳)『ソクラテスの弁明/クリトン』岩波文庫、1964年 
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