『津波と原発』著:佐野眞一 解説:菅原文太
胸に刻むのだ、永遠に――東日本大震災ルポの決定版!

(解説:菅原文太)

「地べたに足をつけて生きる人々を語るとき、
佐野眞一さんの筆は 力強く、温かい」

俺はあのころ軍国少年だった。

満州事変が勃発した1931(昭和6)年、その2年後の1933(昭和8)年に生を享けて以来、太平洋戦争に敗れる1945(昭和20)年、12歳になるまで、ずっと戦争の空気を吸って育った。子どもたちは軍国日本を背負う少国民として、学業よりも重く宮城遥拝(きゅうじょうようはい)をはじめ軍国教育を叩き込まれた。

敗戦で一気に時代の張りつめた空気は瓦解し、米軍の進駐にともなってなだれ込んできたアメリカ文化にほとんどの日本人は目も心も奪われ、昨日までの軍国主義は姿を消した。東北の田舎の軍国少年たちだって、敗戦国日本のボートに乗せられて、今度は一転してアメリカ文化と民主主義の海へといっせいに漕ぎ出したのだ。

しかしあの軍事一色だった時代に吸った空気や、脳裏に刻み込まれた得体のしれない意識は、どこかに子ども時代の懐かしさと溶け合って剥がれ落ちることがないままかもしれない。

父親が出征し、数百万と言われる死者を出した、あの陰鬱で国民の誰もが死と隣り合わせて生きた時代の深層が何だったのか。自分の記憶やイメージを補完するためにずいぶん本を読んだが、なかでも佐野眞一さんの『阿片王 満州の夜と霧』や『甘粕正彦 乱心の曠野』は、佐野さんが抱いている人物への好奇心と傾倒、時代考証の確かさもあって、あの時代を知りたい人へのおすすめの好著だと思う。

良くも悪くも時代の空気は、人の彫塑可能な柔らかい部分に潜り込み、棲みついてしまう。悪い時代に育ち、生きた者たちはそのことを心し、「日本を取り戻す」という美辞麗句で国民市民をまたあのような時代に引きずり込もうとする不埒不逞な政治家や官僚への警戒を解いてはいけない。まして、のさばらせてはいけない。

奴らが大震災と収束不能の原発事故に傷つき、弱った民心に付け込もうとしているのは間違いなく、甘言麗句に騙されないためには、常にこの本のような良書に学び、心の武装化を怠らないようにしよう。