読書人の雑誌『本』
『日本の戦争と宗教 1899–1945』著:小川原正道
「戦時下の宗教」が語りかけるもの

筆者は講談社選書メチエから、『日本の戦争と宗教 1899–1945』を上梓した。2010年に同シリーズから出した『近代日本の戦争と宗教』の続編であり、前回が戊辰戦争から日露戦争までを扱ったため、今回は第一次世界大戦から太平洋戦争までを対象としている。

この間、戦争に際して日本の政府や軍は宗教をどのように取り扱い、宗教界―仏教界、キリスト教界、神道界、新宗教界―は、戦争にどう対峙していったのか。この両書をもって近代の戦争と宗教との関わりを素描することにつとめた。

なぜ、戦争と宗教なのか。筆者がこうしたテーマに関心をもったのは、ある資料との出会いにあった。2003年、筆者は「大教院の研究」(のち、慶應義塾大学出版会より刊行)と題する博士論文で博士号を取得した。大教院とは、明治初期、神道を国教化しようとする明治政府の政策に応じて、神道的教説を国民に布教していく教師を育成する機関であった。

こうした政策は結局うまくいかずに大教院は廃止され、これを所管していた教部省も廃止された。教部省廃止の翌月の一八七七年二月、西南戦争が勃発する。宗教行政はすでに内務省社寺局に移管されており、筆者は教部省廃止までを扱った博士論文の続きとして同局の実態をあきらかにしようとこころみた。

ところが、資料がない。ほとんど唯一といっていいのが、東京大学史料編纂所に所蔵されている「内務省社寺局書類」と題する資料である。タイトルからは、社寺局の運営を俯瞰する資料にみえるが、実際には、西南戦争下で、西郷軍の政治的圧力のもと、鹿児島県の神社が戦争に動員され、神職が西郷軍に参加・協力したり、社殿の銅瓦が鉄砲球に溶かされたり、といった実態が克明に記され、浄土真宗が戦時下で布教にはげみ、反乱軍に自制をもとめつつ、自らの教勢を拡大していこうとした様子も描かれていた。

政治的圧力のもとでの、宗教の戦争動員。戦争下での、布教と同時並行で展開された宣撫工作。これらは、昭和期の戦時体制下で典型的にみられた形態であり、あるいは、すでに明治初期の段階でその原型が作られていたといえるのではないか。筆者はそうした関心から、戊辰戦争にまでさかのぼって戦争と宗教の関わりを考察してきた。

資料の箱をあけてみると、戊辰戦争の段階で、神社も仏教も、新政府軍に金銭や物資、人員を提供し、さらに、自らの教義をもって戦争の正当性を訴えるという構図が生まれていたことがわかってきた。西南戦争については先述の通りであり、日清・日露戦争となると、「政治的圧力」も増してくる一方で、布教の範囲が中国大陸や台湾にまで拡大していくため、従軍布教と宣撫工作の範囲は一気にひろがっていった。この間、戦争を正当化する教義体系はより精緻化され、強固に構築されていく。