伊藤春香×長谷川幸洋×藤村厚夫×堀義人×瀬尾傑【第4回】「新しいメディアの時代の新しいジャーナリズムとはなにか」
生・ニッポン未来会議より
左から、瀬尾傑氏、伊藤春香氏、長谷川幸洋氏、藤村厚夫氏、堀義人氏

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一言で言えば「事実に対するコメント」

堀: 瀬尾さんと長谷川さんに質問してみたいのは、「ジャーナリズムとは何でしょうか」ということです。作家とどこが違うのか、あるいはビート・たけしさんが書いたものに対して、おもしろいから読者が増えるというだけならエンターテインメントで終わってしまうんですが、それとジャーナリズムはどこが違うのか。「ジャーナリズムとは何ぞや」と、その辺についておうかがいしたいのですが。

瀬尾: ジャーナリズムというのは、たとえば三権分立を考えたときに、本当の主権者は国民なんだけれども、みんな忙しくて政治のことも行政のことも法律のこともなかなか考えることができない、という場合に、その問題点を調べて整理してわかりやすく目の前に並べる「問題提起」、いまふうにいえば「アジェンダ設定」だと思うんですよ。

今政治や行政が抱えている問題、それを国民に代わってわかりやすく見せて、いろいろな問題点を示すこと、それにくわえて、いまの時代は「課題解決」を示すこと、それがジャーナリズムの仕事だと思っています。

長谷川: 僕は一言でいえば「分析」です。いいかえれば「事実に対するコメント」なんだと思います。作家は空想に対するコメントでもいいわけだけど。たとえば、ビート・たけしはジャーナリストかといえば、実際にある番組ではフリージャーナリストと名乗っていますね。

堀: 僕が同じ質問を田原総一朗さんにしたときに、彼の答えは「批判をすることだ」ということでした。「批判をすることがジャーナリズムである」という答えが返ってきて、結果的に彼はずっと批判を続けていった結果、総理大臣が毎年代わっていったとおっしゃっていたんですね。

これは番組でおっしゃったことなんですが、「総理大臣があんなに弱いものだとは思わなかった」ということで、彼が総理を辞めさせたかったかどうかは別として、「批判することこそがジャーナリズムなんだ」というのが田原さんのご意見でした。

しかし、僕はそれは違うと思うんですね。ジャーナリズムというのは何かというと、長谷川さんがおっしゃったように「事実に対するコメント」であると同時に、僕はオピニオンだと思うんですよ。「自分の考えはこうだ」と言うことだと思うんですね。

世の中に対して自分が良いと思うことを言うことがジャーナリズムなのだと定義するなら、「ジャーナリズムは権力のチェック機能」というふうに批判を重視したものばかりが多すぎてしまって、結果的にそれが世の中を良い方向に持っていくとは僕には思えないんです。

だからこそ、このニッポン未来会議においては「批判よりも提言を」ということを言っていて、批判は誰にでもできるんだから、提案をすることによってはじめて何かが生まれてくる、そういう意見を言うことがジャーナリズムだ、と僕は思うんですが、いかがでしょうか?

長谷川: 「事実に対するコメント」のコメンタリーのなかには、批判もオピニオンも含まれるので、大方のところは賛成ですね。

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