読書人の雑誌『本』
『食彩の文学事典』著:重金敦之---食の情景
2月14日(金)八重洲ブックセンターにて刊行記念トークショーを開催!
『食彩の文学事典』
著:重金敦之 価格:1700円(税抜)

日本の「和食文化」がユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界無形文化遺産に指定された。別に悪いことではないから、素直に喜べば良いのだが、その後の「お祭り騒ぎ」を見ていると、どこか胡乱な感じがする。

和食を内外に普及させる、と意気込んでいる人が京都に多い。京料理こそ「和食」だ、と言いたいらしい。そうかなあ。

一方で、食品の偽装問題は、止まるところを知らない。昔から中国にも、「羊頭狗肉(店頭には羊の頭を掲げ、中の食卓では犬の料理を出す)」という言葉があるくらいだから、歴史は古い。

日本の料理名には、有馬(山椒)や吉野(葛)のように、地名が材料を表したり、季節や材料によって、「見立て」や「言い換え」「暗喩」といった遊び心が溢れている。鯨の舌を「さえずり」、馬肉は「桜肉」、猪を「山鯨」と優しく言い換える。「狸汁」と言っても、別に「狸」を使うわけではない。蒟蒻の味噌汁で精進料理にある。

「すっぽん煮」というのは、酒と生姜を多用して、すっぽん料理に見立てたのだ。「定家煮(藤原定家)」や「利久煮(千利休)」といった人名も登場する。別に定家が作ったわけではなく「定家好み」という意味だ。「牡丹鱧」や「菊花造り」という花に見立てた料理もある。これらの例を見ても、和食文化の奥は限りなく深い。

開高健は、「文壇では、食べ物と女が書けたら一人前」という言葉があるが、「わが国の文学には、食談、食欲描写、料理の話はめったに登場しない」と喝破した。

もちろん戦前にも、谷崎潤一郎の新聞小説「美食俱楽部」(大正八年)のように架空の食べ物に魅せられた美食家たちを主題にした小説はあった。しかし、志賀直哉の「小僧の神様」(大正九年)や、林芙美子の「放浪記」(昭和三年)は貧しい生活の中から、食べることへの渇望と希求を描いたものだった。

美食や飢餓に限らず、食べ物が登場する小説としては、上司小剣の「鱧の皮」(大正三年)や岡本かの子の「鮨」(昭和十四年)、矢田津世子の「茶粥の記」(昭和十六年)などを挙げることができる。それらは、食べ物を主体的に論じているわけではないが、登場人物と食べ物のかかわりが生き生きと描写されている。食べ物が、物語の重要な役割を演じているのだ。


【開催概要】
・日時: 2014年2月14日(金)18時30分~(開場:18時00分~)
 ・場所: 八重洲ブックセンター本店 8階ギャラリー
  ※イベント後に重金敦之さんのサイン会を実施予定


 ・参加費: 無料
 ・定 員: 50名(申し込み先着順)※定員になり次第、締め切ります
 ・申し込み方法:八重洲ブックセンター1階サービスカウンター、またはお電話(03-3281-8201)でお申し込み下さい。
 ・主 催: 八重洲ブックセンター/ 協賛:講談社