雑誌
有名人遺族が今だから明かす 思えばあれが「死の前兆」だった(後編)天野祐吉、井上ひさし、梨元勝、谷啓
感動秘話 なぜ、あのとき気付かなかったのか

天野祐吉 享年80 天野伊佐子(妻)
忘れていた記憶が次々に甦ると漏らした

主人が緊急入院する前のことです。ベッドに横になった主人が天井をジッと見つめながら、「字が見えるんだ」と言うんです。「はっきりとは読めないけど、俺に『解読しろ』と言っているのかもしれない」と。なぜかその時、私は主人が連れて行かれちゃうと感じました。

まさかそれを読んでしまったからかどうかは分かりませんが、その2日後に突然、高熱が出て、入院。それからわずか5日後('13年10月20日)に、夫・天野祐吉は、あっと言う間に旅立ってしまいました。

亡くなる日の朝、先生が集中治療室に入る許可を出してくれました。わずかでしたが、二人きりの時間を過ごせた。その後、彼は穏やかな顔のまま苦しむこともなく、私の腕のなかで息を引き取りました。

入院したとはいえ、本人に病気の自覚は一切ありませんでした。むしろ「小学3年生の盲腸以来だ」なんて、入院を楽しんでいるくらい。3・11以降、仕事への意欲は増し、体も健康でしたからね。

でも、いま振り返れば、亡くなる半年ほど前から、「前兆」はあったような気がします。戦時中に無理やり歌わされた軍歌など、忘れていた記憶が甦るという不思議な現象があったんです。本人は「(記憶の)引き出しが開いたのかな」と話していましたが、自分の人生と向き合っていたのかもしれません。

主人は酸素吸入が必要となってから、筆談ノートを書き始めました。「病院日句」と名付けられた一冊の大学ノートには、「絶対に(君を)置いていかない」「ご飯を食べられている?」などと私を気遣う言葉が綴られていました。ページが進むごとに薄くなっていく文字。最後の言葉は「(家に)かえろかえろ」。たぶん、もう帰れないと分かっていながら……。

こんなこともありました。主人は、生前からの本人の希望でお葬式もしていないし、お墓もつくりませんでした。荼毘に付した後、せめていつも一緒にいようと思い、遺骨をペンダントに入れた、その時です。「カバン」というあの人の声が聞こえたんです。

これは何かのメッセージに違いない、と家中を必死に探しまわると、クローゼットの奥のカバンから2年前に書かれた遺言書が見つかりました。生前、「俺は悪運が強いから98歳まで生きると思う」と豪語していましたが、もしものときのために準備をちゃんとしていたんですね。遺言書は「ありがとう。またね」という感謝の言葉で締められていました。

主人の仕事場でもあった部屋は今もそのままにしています。やっぱり片付けられないんですね。愛用していたメガネも、テレビモニターの見えるいつもの場所に置いたままです。