先人の知恵に学び、巨大都市・東京の都市改造を考える
[PHOTO]gettyimages

パリの街を歩き回り、圧倒された青春時代

東京都知事選挙も間近に迫っている。この巨大都市をどうするのか、古今東西の人類の体験から、多くのことを学ぶことができると思っている。私は、若い頃、海外で研究生活を送り、その後も世界各地を訪問する機会を得たが、自分の経験も踏まえながら、都市作りとはどういうことなのか、考えてみたい。

東大法学部を卒業して研究者としての道を歩み始めたが、専門をヨーロッパ政治外交史とすることにし、具体的な研究対象を第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の時期、国はフランスを中心にと決めた。人類は、世界大戦の惨禍を経験しながら、なぜ30年も経たないうちにまた大戦争をしたのかを解明したかったからである。

ところが、指導教授も文献資料もフランスに行かなければ見つからない。この分野で世界最高峰のパリ大学の先生に手紙を書いたら、すぐ来いとの返事。それから、日仏学院で、フランス人の先生について会話能力を特訓した上で、1973年6月にパリに降り立ったのである。

パリの街は写真や映画でよく知っているつもりだったが、実際にオルリー空港(ドゴール空港は翌年の1974年に開港)からパリ市内に着くと、その街並みの美しさに興奮してしまった。その日の夜行列車で語学研修のためグルノーブルに発つというのに、時差ぼけもなんのその、一休みもせずにパリを歩き回った。語学研修は3ヶ月で、秋から2年間のパリ生活を始めるが、この伝統と文化の街に圧倒されながら、楽しい20代の青春を過ごすことができた。

仕事柄、毎日のように国民議会(日本の衆議院に相当)に行ったが、セーヌ対岸にはコンコルド広場があり、シャンゼリゼ通り、凱旋門と素晴らしい街並みが続く。自宅は、エッフェル塔とナポレオンの棺が安置されている廃兵院の間にあり、もう一つの仕事先、外務省(ケ・ドルセー)には徒歩で通った。その通勤路もまた絵になる。

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