トクチョウの立ち入り調査と総会屋の口座(清武英利『しんがり 山一証券 最後の12人』より) 一章 予兆  2.ガサ入れ

2014年01月21日(火)
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「しかし、いきなり大変なことになってしまったぞ」

長澤の言った「総会屋との取引関係」とは、総会屋・小池隆一に対する利益供与事件を指している。

始まりは、野村證券の内部監査を担当していた若手社員がその不正に気付き、一九九六年に東京地検特捜部やSESCにひそかに内部告発したことであった。「野村證券が自己売買部門で稼いだ利益を小池のダミー会社である『小甚ビルディング』に付け替えてやっていた」というのである。

それが年末ごろから少しずつ利益供与疑惑として新聞で騒がれ始め、翌九七年三月二十五日には東京・日本橋の野村證券本社が特捜部やトクチョウの捜索を受けていた。

不正のきっかけを作ったのは、第一勧業銀行(現・みずほ銀行)である。一九八九年二月に小池に約三十二億円の無担保融資を実行し、小池はそれを元手に、野村、大和、日興、そして山一という四大証券の株を三十万株ずつ取得していった。これで得た株主提案権を楯に、小池は株主総会めがけて各社に揺さぶりをかけつつ利益提供を求めていたのだった。

野村の次に捜索を受けたのは業界三位の日興證券(現・SMBC日興証券)で、それは山一にトクチョウが踏み込む前日のことである。

嘉本は前任の業務監理本部長と引き継ぎで交わした言葉を思い出した。出張に出る直前のことである。先輩の常務でもある前任者はこう言った。

「野村證券が東京地検の捜査を受けていることは承知しているね」

「小池という総会屋への利益供与ですか」

「うちにもね、小池関連口座が首都圏営業部にあったんだ。そこでサイメックス取引を行っていたが、いまは終了しているから大丈夫だよ」

大蔵省や日本証券業協会に挨拶回りを重ねるさなかの会話である。嘉本は思わず聞き直した。

「小池の関連口座があった?」

不正常なものがあったのに、「終了している」とは、どういうことだろう。すると、二つ年上の前任者は簡単に言ってのけた。

「実際のサイメックス取引はシンガポールで山一の現地法人がやっていたんだが、そこはうちの海外監査メンバーがもう監査を済ませたよ」

サイメックス(SIMEX)とは、シンガポール国際金融取引所(Singapore International Monetary Exchange)のことで、山一は現地法人の「山一フューチャーズ」を使ってシンガポールの先物取引で売買益を出していた。しかし、国際取引に疎い嘉本は何のことかよくわからなかった。

「問題はあったんですか」

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