「信なくば立たず」---世界を動かしているのはお金ではなく信頼だ!
『現代ビジネスブレイブ グローバルマガジン』---「ニューヨークタイムズ・セレクション」より
〔PHOTO〕gettyimages

アダム・スミスの「利己心の追求」だけに従った人々

今日の米国では、他人を信用するのは世間知らずの人間だけ、と思わされる。歌では信じるなと歌い、TV番組は信頼することの空しさを物語り、ひっきりなしの金融スキャンダル報道からは、銀行家を信用するわれわれのほうが馬鹿なのだと思い知らされる。

最後の点は真実だろうが、だからといって社会と経済にもうちょっと信頼性を高めようとする努力をやめるべきだ、ということにはならない。信頼こそが契約や計画や日々の商取引を可能にし、投票から法律制定に至る民主的なプロセスを促進し、社会の安定に必要なものだからだ。われわれの生活にとっては不可欠である。世界を動かしているのはお金よりも信頼なのだ。

われわれは信頼性を国民所得勘定では測定しないが、信頼性への投資は人的資源や機械への投資と同様に重要である。

しかし不運なことに、信頼性が今、米国の圧倒的な格差のもう1つの犠牲者となりつつある。アメリカ国民の格差が広がるにつれ、社会をつなぐ絆は弱体化する。同様に、多くの人々に容赦なく不利益をもたらす体制に対して忠誠は失われる。また上層1%がいっそうの高みに上れば、制度にとっては決定的に重要な信頼性という要素と、われわれの日々の生活が浸食される。

信頼性を過小評価するルーツは、もっとも人気のある経済学的伝統にある。アダム・スミスは、一般的な利益を追求しようとする善意よりも、私利の追求を信用したほうがうまくいくと、力強く論じた。誰もが自分のことだけを考えていれば、われわれは単に不快だけで終わるのではなく、それによって生産的な均衡に到達する。そこでの経済こそが最大限に効率的であるという考え方だ。

道徳に興味を持たない人々にとって、この考えはすごく魅力的であった。利己的であっても、結果的には究極の無私が実現される。(他のところ、特に自著『道徳感情論』で、スミスはもっとバランスがとれた見方をしているのだが、後世の信奉者たちはそれに従わなかった)。

しかしこの30年間の出来事と経済学の研究は、われわれが私利私欲には頼れないだけでなく、米国のような近代市場経済に限らずすべての経済が信頼というものがまったくなければ、うまく働かないことを明らかにしてきた。つまり極端な利己的行動は、信用の重要性を不可避的におとしめるのだ。

今回の危機を生み出し、われわれに高い代償を払わせることになった銀行業を例に挙げてみよう。

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