酒とタバコ、競輪をこよなく愛した無類派アナウンサー、故・林美雄さんの思い出

アマゾンより

TBSに林美雄さんというアナウンサーがいた。名前通りに美声の持ち主で、アナウンス技術も超一級品。なにより、サブカルチャー全般に通じており、しかも目利きで、「林アナの推す作品なら間違いない」という信用を誇っていた。

林さんは2002年7月に58歳で他界しているが、その存在は今なお語り継がれており、集英社の月刊誌『小説すばる』は、昨年8月号から作家の柳沢健氏の執筆で『1974年のサマークリスマス 林美雄とパックインミュージックの時代』と題した評伝を連載している。TBSラジオも昨年12月27日、1時間の特別番組『林美雄 空白の3分16秒』を放送した。

今でも語り継がれる林さんの人間的魅力

死後10年以上が過ぎたアナについて、雑誌で連載されたり、特番が制作された例は記憶にない。派手さはなかった林さんだが、実は大きな存在だった証だろう。林さんから影響を受けた世代が40代、50代となり、出版や放送の現場で指揮権を持ち、取り上げることにゴーサインが出せるようになったことも背景にある。人の本当の死とは、その人について語る人、知る人が誰もいなくなったときとも言われるから、そういった意味で考えると林さんはまだ生きていることになる。

TBSはラテ兼営局だから、林さんは『ニュースの森』などテレビにも出演したが、ラジオに拘っていた。サブカルに関する知識やセンスが存分に生かされたのも1970年から80年まで担当していた深夜放送『パックインミュージック』。荒井由実時代のユーミンやタモリ、RCサクセションは、この番組から羽ばたいていった。売れっ子になる前の佐野元春の紹介にも熱心だった。アーチストからの信頼も厚く、のちに結婚する井上陽水と石川セリは、この番組内で知り合った。

紹介するサブカルは、売れっ子とは呼べない歌手の楽曲、あるいは知られざる小劇団、はたまた弱小映画会社の邦画ばかり。アンチ・メジャーを貫いていた。江戸っ子なのに広島ファンで、メジャー嫌いは徹底していた。この辺は、アンチ東京を標榜し続けた故やしきたかじんさんとイメージが重なる。無頼派である点も同じだ。

林さんは酒とタバコ、競輪をこよなく愛した。タバコはショートピース。番組内で、「ライトなタバコを吸うぐらいなら、最初から吸うな」と話していた。「物をつくる人間が軽いタバコなんて吸うな」とも。なぜ、物づくりに携わる人間が軽いタバコではダメなのかは分からないが、林さんが言葉にすると、不思議と説得力があった。

無頼ぶりは取材者に対しても同じ。筆者が1994年に初めてインタビューしたときは、「そうねぇ…」と考え込むばかりで、なかなか質問に答えてくれない。逆に「君は今の放送について、どう思うんだ?」などと質問攻めに遭った。当時の林さんは、『林美雄アフタヌーン~オーレ!チンタラ歌謡族』というラジオ番組を担当していたが、PRなんて一切しない。筆者のほうが年下とはいえ、敬語も使わず、ぶっきらぼうだった。

取材のあと、TBSラジオの取り計らいで、林さんと夕食を供にさせてもらった。ビールを飲みながらの砕けた席だったが、ここでも林さんの質問は止まらず、「どんな番組を聴いてきた?」などと矢継ぎ早に尋ねられた。たぶん、ラジオをどうすれば良いのか常に考えていたからだろう。取材者に良い顔を一切しないところが新鮮で、逆に好感を抱いた。

少し驚いたのは夕食を終えたあと。林さんが筆者に対して、「ちょっと新宿で飲むか」と持ち掛けて来たのだ。返答に躊躇していると、TBSのスタッフが、「美雄さん、明日もオンエアがありますから」と慌てて制した。こんな経験は後にも先にもない。

今でも林さんが語り継がれているのは、サブカルの知識が豊富だったり、話が面白かっただけでなく、林さんという人間そのものが魅力的だったからだろう。

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