AR三兄弟・開発者/川田十夢さん【第1回】
「ダジャレでも考えるみたいに、技術は雑に使った方がおもしろいし、わかりやすい」

写真:片岡和志 会場提供:アバッキオ

「誰もやっていないインタビュー記事」に挑戦した二人

米田 川田さんとは、3年前のちょうどこの時期にトークライブをやらせてもらったり、その後もプライベートでは仲良くさせてもらってるんだけど、最初に姿を見たのは、『ノイタミナ』っていうフジテレビの番組のスタジオで、民放テレビ番組とネット中継をドッキングさせる実験的な企画で、2010年4月でした。

僕は当時、USTREAM中継の先駆者の一人だったそらのちゃんと一緒にUSTの本を作っていたんです。なので、そらのちゃんの取材同行で、フジテレビに行ったんですが、そこに黄色いヘルメットに白衣姿の怪しい3人組がいたんです(笑)。でも、話してくれないし、目も合わせてくれなくてねえ。

川田 あぁ、そうだったかも。

米田 すごく挙動不信で、テレビ局の人にも溶け込んでないような感じだった。僕も挙動不審だったけど(笑)。

川田 あの番組は、津田大介さんがメインパーソナリティだったんだけど、みんなおかしかったよね。今から考えると、あれ、完全に、ネットの人がテレビに初めて出た瞬間だったんですよ。津田さんもあれが地上波でデビューだったらしいから。

米田 僕は2010年春が日本のソーシャルがオーバーグラウンドに出始めた本当に黎明期だったと今でも思っているんですよ。で、川田さんに何で興味を持ったかっていうと、やっぱりTwitterだったんですよね。当時からTwitterの発言が独特で、妙に自信満々で面白かったから……。で、川田さんも僕が書いてたウェブマガジン「TOKYO SOURCE」の記事を読んでくれてて。意気投合して猪子寿之さんの次に出てもらうことになったんだけど、「誰もやってないインタビュー記事にしよう」ってことになって……。

川田あのインタビューは、僕が取材現場から逃げちゃうんですよね。

米田 話の途中なのに、川田さんが「次があるんで、それじゃあ!」って行って、毎回帰っちゃうという(笑)。で、しょうがないからTwitterで「おーい!どこにいるんだー?」とか探すっていう特殊なインタビューでした。

川田 それに対して僕は、2ちゃんに逃げ込んだり、そのインタビューに使うだけのアメブロ立ち上げたり……。

米田 それも、ブログのコメント欄という誰もみないところでわざわざインタビューしてね(笑)。そうやって追っかけっこしながら、メディアを横断するあんなインタビュー、今でも誰もやってないと思いますね。

川田 米田さんの質問に対する答えを、僕が矢文で打ったり、伝書鳩を飛ばしたり、モールス信号打ったりしたね。

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