しんがり 山一証券 最後の12人 著者:清武英利
プロローグ 号泣会見の真相

創業百年の節目に山一證券の代表取締役となった野澤正平は、「焼き芋社長」と陰口をたたかれることがあった。長野の農家の四男坊で、畑いじりが趣味の朴訥な人柄だったのである。

「野村證券の社長がスパゲティなら、うちの社長は焼き芋ですよ」

ある役員は取引先とのゴルフコンペで、そう軽口をたたいてしまった。国際化を志向する野村のトップはイタリア料理のようにハイカラだが、うちの社長はほかほかであっても泥臭いという意味である。

『しんがり 山一證券 最後の12人』
著者:清武 英利
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野村證券は「ガリバー」と呼ばれ、日本の証券界で頭抜けた存在だった。かつて山一も首位の座にあったが、業界四位に転落して久しかった。

その山一のトップを、王者の野村より一段低いところに置いて謙遜する気持ちもあっただろうが、山一役員の言葉にはそれよりも、野澤を田舎者だと軽んじる社内の気配がにじんでいた。

野澤は回り道の苦労人だ。父親は畳職人でもあったが、それだけでは八人の子供を養えず、田畑を耕して暮らしを立てていた。正平は家を支えるために、地元の進学校である屋代東高校(現・長野県屋代高校)を卒業後、三年間、畑仕事に明け暮れて、それから法政大学経済学部に入学したのだった。入社後も経営企画や社長秘書といったエリートコースを歩くことはなく、国内営業一筋に歩いてきた。

「野澤さんは真面目一本、営業から泥臭く這い上がった人だから」