「史上最高の東京五輪2020」に目標を設定!日本を刷新する政治モデルを東京で試みる

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1964年の東京五輪の年、私は高校1年生であった。私の住む北九州市も、聖火リレーのコースに入っており、健脚の生徒たちからなる聖火ランナーチームが聖火を掲げて駆け抜けていったのを、今でも鮮明に覚えている。

私は、当時、八幡高校の陸上競技部に属する短距離ランナーであったので、中長距離ランナーが主軸の聖火ランナーチームには入れなかったが、仲間たちの勇姿に心から拍手を送ったものである。

東京五輪での世界最高のアスリートたちの活躍を見て、自分も練習に励み、翌年のインターハイに400メートルリレーのメンバーとして参加することができた。今でも、当時の陸上部の仲間たちとは親しくしており、ランナー経験は青春の忘れられない汗と涙と感動の1ページである。

戦後の繁栄のスタートは東京五輪だった

そして、何よりも、この五輪で本当に「戦後は終わった」と思ったし、これを機に日本が世界に飛躍することになったと信じている。私たち団塊の世代は、戦後の貧しい時代に、1クラス60人、1学年600人というすし詰め教室で、懸命に生き抜いてきた。食事も満足に食べることができず、着るものもつぎはぎだらけで、鼻水をたらして、寒風の中を走り回っていた。小学校、中学校時代の思い出と言えば、脱脂粉乳と鯨肉の学校給食、しらみ退治のDDTといった具合で、敗戦国の惨めさと貧困であった。

そのような中で嬉しかったのは、1959年の天皇陛下(当時皇太子)・皇后陛下のご成婚であった。カラーテレビのある町内の金持ち宅に皆で集まり、馬車でのパレードを眺め、明るい気分になったものである。そして、その明るく華やいだ気分を一層昂揚させてくれたのが、5年後の東京五輪であった。

「夢の超特急」新幹線は走り、見上げれば首都高速が伸び、青山通りのような広大な大通りが出現した。日本人皆が元気になり、高度経済成長を実現させ、一流国という目標に向かって邁進し始めることになる。戦後の繁栄のスタートは、この五輪だと思っている。

聖火ランナーには選ばれなかったが、高校時代を振り返ると、楽しい思い出が多く、次第に豊かになっていった時代の流れが甦る。まさに時代の気分であり、それが景気のよい時代ということである。

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