本/教養


森喜朗×田原総一朗「日韓、尖閣、北方領土を巡る外交の内幕」
『日本政治のウラのウラ 証言・政界50年』より(第3回)

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三 極東アジアの平和を作る

森 二〇一三年二月、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領と会って帰国した直後ですが、朴槿恵大統領の就任式に呼ばれて、韓国にも行ってきましたよ。

――日韓議連からは自民党の額賀福志郎さんが行きましたね。

森 就任式典に出席したんですが、翌日の晩餐会の招待状も届いたので、せっかくの機会だから出席しました。日本人でいたのは福田康夫さんぐらいかな。そこで、久しぶりに朴槿恵に会いましたよ。

参加者がずっと列を作って、ひとりずつ順番に名前を言って朴槿恵大統領と握手をして行くんですが、十メートルほど離れたところで彼女がぼくの顔を認識したようで、その瞬間に涙ぐまれたようです。懐かしくてホロッとされたのかね。それで、ぼくの番が来て「おめでとう」と言って握手を交わしました。向こうから話しかけたかったようだったけれど、記者が大勢いるから、言葉を交わさずにその場を去りました。

――これまでにも何度か会っていらっしゃるんですね。

森 朴槿恵が二回ばかり来日したんですが、その時は必ず、ぼくがご馳走しているんです。一度はぼくが自民党幹事長の時です。微妙な立場だったので、外務省の官僚を入れて、食事を何度かしました。そこで、ぼくらがお父さんのことを尊敬していたことを伝えて、激励したんですよ。

――竹島の問題で、韓国とは最悪の関係になっています。これも森さんがやらなきゃどうしようもないでしょう。韓国との関係をどうしますか。安倍・朴槿恵会談をどうやってやりますか。

森 この間ね、韓国の日本大使が辞める前の挨拶に来られたんです。それで、彼と話をして、「就任式の晩餐会で少しお話をしたかったんだ」と朴槿恵大統領に伝えてくださいと言って、いくつかの伝言をお願いしておきました。

――どういうことを言ったんですか。

森 まあ、ぼくが見ていて、「お気の毒な気がした」と率直に伝えました。国内に相談できる人があまりいないようだ。人事がなかなか決まらないのは、使いに走る人がいないからでしょう。

――それとやはり、韓国内で知日派と見られているんじゃないですか。

森 もちろん。お父さんの朴正熙元大統領も知日派だから、意識的に日本に冷たい意思表示をしなければならない。

――反日であることを示さないとね。

森 それで、しばらくしたら韓国の新しい日本大使が着任し、挨拶に来たんですね。その時に、「自分が一番辛く、苦しい時に、心細い時にいつも激励してくださったことは生涯、忘れません」という朴大統領からのメッセージを大使から聞きました。

その大使が「私は大統領から『日本に行ったら必ず森先生のところに行きなさい』と言われて来ました」と言われるから、「それはありがとう。あなたは大統領に信頼があるということですから、そのうえで申し上げます」と言って、モスクワでプーチンと会ったことを話したんですね。

――プーチンとの会談については後で詳しく聞きますが、韓国のことについてはどういう話をしたのですか。