森喜朗×田原総一朗「石原慎太郎が揺れた都知事選と東京五輪招致の裏側」

『日本政治のウラのウラ 証言・政界50年』より(第1回)

序章---東京オリンピック招致

一 開催決定の瞬間

日本政治のウラのウラ 証言・政界50年
価格:1,785円 森 喜朗、 田原 総一朗
Amazonはこちら

――二〇一三年九月七日、IOC(国際オリンピック委員会)総会がアルゼンチンの首都ブエノスアイレスで開かれました。二〇二〇年夏のオリンピック開催地について、IOC委員の投票で決めたわけです。

東京とトルコの都市イスタンブール、それにスペインの首都マドリードがそれまで招致合戦でデッドヒートを繰り広げてきましたが、まず本命のマドリードが脱落。最後の投票で東京が九十六票中六十票を獲得して、開催地に決まりました。

IOCのジャック・ロゲ会長が東京決定を発表した際、森さんは立ち上がってガッツポーズをしましたね。そして、隣りにいた安倍晋三首相と抱き合っていましたが、決まった瞬間はどんな気持ちでしたか。

 やっぱり、「やった!」という思いでしたよ。ただ、あの瞬間の写真を見ると、サッと立ち上がってガッツポーズをしている安倍さんの隣りで、腰をかがめたまま雄叫びをあげている姿が写っている(笑)。決まったら飛び上がってやろうと思っていたのだが、腰が重くて一瞬、出遅れてしまったんだな(笑)。

――それは、安倍さんの方が若いからね。

 その後、冷静を装っていたけれど、本当は心の底から嬉しかったんです。というのも、デンマークの首都コペンハーゲンで開かれた前回二〇〇九年のIOC総会の時から関わってきたからね。

――日本体育協会の会長でしたね。

 そうです。日体協の会長として東京オリンピック招致委員会のメンバーに入り、プレゼンテーションなどの招致活動をしていたのです。この時、二〇一六年夏のオリンピック開催地に決まったのがブラジルのリオデジャネイロでした。

――東京は前回、二回目の投票で二十票しか取れず、敗退しました。

 帰りの飛行機で、当時の東京都知事だった石原慎太郎さんと一緒になったんだけど、石原さんが機中のベッドの中で泣いていたんだよ。よっぽど悔しかったんだな。

――ヘエ~。石原さんが人前で泣いたの。

 翌日、話をしたら「オレ、選挙に負けたことがないんだよ。こんな悔しいことはない。オリンピックはもう止めた」と言うわけね。「JOC(日本オリンピック委員会)副会長の水野正人がIOC委員と『ハグ(抱擁)をしろ』とか『もっと心を込めて握手しろ』とか言いやがって冗談じゃない。なんでオレが好きでもない男とハグしなきゃいけないんだ」と言って(笑)、非常に機嫌が悪かったんです。

――それで、オリンピック招致を止めると言い出したわけだ。

 今回選ばれな かったイスタンブールは五回目の挑戦でしょう。マドリードも三回目ですよ。どこも何度も挑戦した末に選ばれている。だから、東京も一回ダメだったからと 言ってすぐに止める手はないと思って、ぼくは「それはないよ」と必死だった。しかし、オリンピック招致に立候補するのは東京都であって、日体協でもJOC でもまして政府でもない。