第35回講談社ノンフィクション賞受賞作品『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊がみた北極』(角幡唯介著)より

受賞のことば

転換点となる作品  角幡唯介

『アグルーカの行方』は高い完成度で書けたと思う一方、書き手としての課題を痛感する複雑な作品となった。

本書の旅の目的は北極で全滅したフランクリン隊のルートを事実に沿って忠実にたどることだった。そのため私は出発前にできる限りの資料を取り寄せ、丹念に読み込み、彼らに何が起こったのか納得のできるストーリーを組み立て旅のルートを決定した。私はフランクリン隊の、彼らが書けなかった報告書を完成させるようなつもりでいたのだ。

雪と氷しかない、本当に何もない北極の荒涼とした風景の中に、160年前にもがき苦しんだ人間の集団の流浪する姿を現出させるのが、この作品における私なりのテーマであった。

その試みはある程度成功したと思う。今回賞を頂けたのは多分、私の旅と文章の向こうに、骨と皮だけに瘦せこけたフランクリン隊のあわれな行状となれの果てが透けて見えたからだと考えている。そして構成的な部分も含めて、自分の過去の作品の中で、これは読物としては最も面白いものになったというのが私なりの自己評価だ。

だが書こうと思ったことが書けてしまったという不甲斐なさも感じた。執筆後に私を悩ませたのは、ノンフィクションライターが作品化の影響を受けずに旅という行為を成り立たせることは可能なのだろうかという疑問だった。

何もない北極の氷原という無垢なキャンバスに自分なりの絵を描いたのがこの作品だった。だとするとその旅は多かれ少なかれ、こういう絵を描きたいという意図の影響を受け、結果的に仕組まれたものにならざるを得なくなってしまう。しかしそうではなく旅とは本来、絵を描く私自身がどのような結果になるのか分からない、そういうものでなければならないはずだ。

旅が仕組まれたものから逃れるためには、まったくの未知を行く前人未到の探検をするしかない。結果を予測できないほどの未知の世界だ。『アグルーカ』を書くことで私は改めてその行為者としての原則に立ち返り、今は新たな試みの旅を同じ北極を舞台に始めたところだ。その意味で『アグルーカ』は私にとって大きな転換点となる作品でもあった。

アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊がみた北極
著者= 角幡唯介
集英社刊 / 定価1,890円(税込み)

◎内容紹介◎

極地探検史上最大の謎、19世紀に129人全員が行方を絶った英国のフランクリン探検隊。幻の北西航路発見を果たせず全滅したとされるが、アグルーカと呼ばれる生き残りがいた? 人間の生と死をめぐる力強い物語。19世紀、地図なき世界と戦い、還らなかった人々を追う、壮絶な1600キロ徒歩行。2013年第35回講談社ノンフィクション賞受賞作

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