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中国はよくて、ロシアは悪い? 何だか腑に落ちない、独ガウク大統領のソチ冬季オリンピック・ボイコット
ドイツのガウク大統領 〔PHOTO〕gettyimages

ドイツのガウク大統領が、ロシアのソチで行われる冬季オリンピックのボイコットを発表したのは、12月8日のことだった。大統領自身は、ロシア政府に対する抗議のためであるとは言わないが、たとえ言わなくても、そうであることは火を見るよりも明らかだ。ついでに、オリンピック協会への抗議の意も含まれているかもしれない。

口を開けば民主主義を唱える大統領

旧東独出身のガウク大統領が、ロシアに並々ならぬ嫌悪感を覚えていることは想像に難くない。彼の父親は、1951年のある日、突然、何者かに連れ去られ、家族に知らされぬまま、スパイと反ソ連煽動行為という名目でシベリア行きとなった(4年半後に釈放)。

当時11歳だったガウク氏とその兄弟は、それ以後、反体制主義を家訓と定めたかのような母親の手で、徹底的にロシアと東独の国家権力に抗うという教育を受けて育った。

当時、東独の子供たちがほぼ全員参加した党の青年組織、自由ドイツ青年団にも参加しなかったし、そういう反抗的態度が顕著な家庭の子息の常として、もちろん希望した大学にも行けなかった。氏が神学を専攻したのは、それが唯一、勉強することを許可された学科だったからだ。19歳で結婚し、子供は4人いる。

1989年、ベルリンの壁が落ちたあと、氏は反体制派のフォーラムを結成し、祖国の民主化に励む。翌1990年3月、まだかろうじて存在していた東独では、最後の人民議会総選挙が行われ、氏は当選するものの、そのあと国家は消滅してしまう。

東西統一後のドイツで、ガウク氏は、秘密警察シュタージの持っていた資料を管理する組織の長に納まった。別名「ガウク局」である。東独という国では、40年間、隣人が隣人をスパイし、密告し続けていたが、その膨大な密告文書を整理したのである。もちろん、氏は、自分についての多くの資料も発見したことだろう。

その後、一定の期間中、元東独市民は、申請すれば、自分についての記録を閲覧することができた。そして、これによって様々なドラマが繰り広げられ、自殺者まで出たという。それにしても、何年も前の密告文書が正確に追跡できるのだから、記録魔ドイツ人は、げに恐ろしい。

ガウク氏は、2000年までガウク局長を勤め、その後は、テレビ番組の司会をしたり、旧東独体制の総括に携わったりした。そして去年、72歳でドイツの大統領となり、国民の絶大な支持を受けている。かなりアメリカ贔屓の、口を開けば民主主義を唱える大統領である。大統領になってから、まだ一度もロシアを訪問していない。

蛇足だが、東独に自由が訪れて間もなかった1990年、氏は、長年連れ添った夫人の下を去り、ジャーナリストの女性と一緒になっている。そして、その女性と別れたあと、2000年からは、20歳年下の別の元ジャーナリストの女性をパートナーとして現在に至っている。ただし、まだ旧東独にいる妻と離婚をしているわけではない。

大統領というのはドイツ国の元首であり、政治は行わないが、国民や政治家が道を誤らぬようしっかりと目を配り、国家の重鎮となる役職である。要するに、他人様や、ときには他国にもモラルを説く仕事であるのに、そのモラルの勧進元が第二夫人と官邸に住み、しかも、ファーストレディとして公務や外遊にも伴っているというのは、ドイツ国が一夫多妻制の国のように見えやしないかと、いささか心配になってくる。

しかし、不思議なほど、誰もそのことを言わない。女性はしょっちゅうテレビに映っているのに、まるで見えないかのように、メディアもその話には触れない。とにかく、何をしても許されるほど、ガウク大統領の人気は高い。

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