読書人の雑誌『本』
『科学 vs. キリスト教 世界史の転換』著:岡崎勝世---リンネの用語と翻訳された分類学用語の落差

このたび、講談社現代新書での三部作の最後のまとめとして『科学 vs. キリスト教』を上梓することができ、ほっとしている。しかし一方で、執筆中に浮上してきた宿題も残った。その一つが、リンネの用語や命名と今日我々が接するその日本語訳(分類学用語)との間にある大きな落差と、それが持つ意味についての検討である。

リンネの『自然の体系』の最大の功績は、学名の「二語式命名法」と並んで、動物・植物・鉱物の三界の、綱・目・属・種への「階層的分類」にある。このうち、「属(ラテン語genus, 英語genus)」と「種(species, species)」はアリストテレスが論理学で使用した「類」及びその「類」を構成する「種」に由来し、この名称は、納得できる。

だが最上位にある「界(regnum, kingdom)」は「王国」であり、これに続く「綱(classis, class)」は、ローマの軍制における陸・海の「軍」を、「目(ordo, order)」は陸・海各軍を構成する下部組織の「隊」を指す用語なのである。こうした軍事用語を使用したのは、リンネの「軍隊好き」からきていると言われている。私たちが「綱」とか「目」とかの用語を使用するとき、そうとは知らずして、実はリンネの「軍隊好き」という趣味につきあっていることになる。

こうした個人的嗜好に由来するものだけでなく、古代ギリシア・ローマ時代の神話などに出てくる精霊や怪物などの名称が多用されている。例えば「雌雄同体」は、英語表記では「ヘルマプロダイト(hermaphrodite)」である。男神ヘルメスと女神アプロディテの名を合成して作られた言葉で、もとはヘレニズム時代の人間的な美の追求のなかで創造された、少年と少女の最も美しい部分を集めている両性具有の神の名であった。その後は怪物の世界の一員とされるようになり、左右半々が男と女の姿を持つ「ふたなり」として、中世の「世界図」などにその図像も描かれている。

またリンネがヒト属第二の存在とした「穴居人(Homo troglodytes)」と類人猿に与えた学名「シミア・サチュルス(Simia satyrus 今日は使用されない)」では、神話・伝承と「大航海時代」の新情報とが結びついている。穴居人については、新著で検討した。サチュルスの場合、半人半獣の山野の精と新情報を結びつけているのは、この「新発見」の動物たちが人間の女性を誘拐して姦すとかサルとヒトの雑種だなどという報告で強調されている、その好色な特徴である。さらに、そこに猥雑な記述が多くあることなど、今日、誰も考えないであろう。だが、アフリカ人や穴居人の特徴としてリンネが議論している「ホッテントットのエプロン」は、女性性器そのものである。

彼が造語した新名称のうち「乳房(Mammae)」から創った「哺乳類(Mammalia)」からは、別の問題が透けて見える。アメリカの女性科学史家ロンダ・シービンガーは、この命名を「ジェンダーの政治学」(小川眞理子+財部香枝訳『女性を弄ぶ博物学』工作舎、一九九六、五二頁)によるものと糾弾している。