北朝鮮
張成沢の残虐処刑は金正恩の「私憤」が原因だった!? 2014年の朝鮮半島は大動乱の予感
〔PHOTO〕gettyimages

本年も50週にわたり大変お世話になりました。

本年のこのコラムを骨格にして、大幅加筆した『日中「再」逆転』(講談社刊)が発売の運びとなりました。ご高覧いただければ幸甚です。

さて、北朝鮮のナンバー2として長年にわたって権勢を誇った張成沢・元朝鮮労働党行政部長の残虐な処刑を巡る取材をしていて、歴史の二つの教訓に思い至った。

教訓1) 歴史は、つまらない理由で動く

古今東西の歴史を繙くと、歴史というのは、独裁国家であるほどに、長期的な国家展望とか国家戦略などではなく、とてもつまらないことで動くことが分かる。

例えば、このほど16世紀イングランドに君臨したヘンリー8世の生涯を描いた全38話のテレビシリーズ『THE TUDORS』を観た。イングランドがある小国と非常に緊密な関係を築いたが、その理由は、その国の駐イングランド大使の娘にヘンリー8世がベタ惚れしたからだった。彼女を密かに愛人にしたことで欣喜雀躍したヘンリー8世は、その国に特別な恩恵を施してやるのだ。

翻って、今回の張成沢の処刑である。12月13日に朝鮮中央通信が発表した「千万軍民の溢れ出る憤怒の爆発 万古逆賊を断固として処断」と題した記事には、A4用紙5枚にわたって「朝鮮民主主義人民共和国国家安全保衛部特別軍事裁判判決全文」が掲載されている。

この厳かで勇ましい「判決全文」を通読すると、ナンバー2である張成沢党行政部長と、トップである金正恩第一書記との間に、北朝鮮の国家運営を巡る路線対立があったようには、とても見えない。そうではなくて、金正恩の張成沢に対する「私憤」が文面に漲っているのだ。

〈 犬よりも劣るクズ人間の張成沢は、党と首領から授かった天空のような信頼と、熱い肉親の愛情を裏切り、天も人も共に激怒する反逆行為を犯した 〉

このような一文があるが、ここで指摘している「反逆行為」とは一体何だろうか? 

こんな実例も挙げられている。

〈 奴は不届きにも大同江タイル工場に偉大なる大元帥様たち(金日成&金正日)のモザイク映像作品と現地指導史跡碑をお創りするする作業を邪魔したばかりか、敬愛する元帥様(金正恩)が朝鮮人民内務軍の軍部隊に贈られた直筆の書簡を天然花崗岩に刻み、部隊の指揮部庁舎前に丁重に飾ろうという将兵たちの一致した意見を黙殺した末に、仕方なく薄暗い片隅に建立するようにさせるという妄動に出た 〉

なんだか言いがかりをつけているようではないか。

一ヵ所だけ、核心的と思える部分があった。

〈 張成沢は2009年からあらゆる淫乱で汚らわしい写真資料などを部下の犬どもに流布させ、資本主義の退廃的な風が、われわれ内部に入ってくるように扇動し、行く先々でカネを撒き散らしながら、浮華放蕩な生活をほしいままにした 〉

張成沢は金日成主席が死去した1994年以降、一時期を除いてナンバー2の座に君臨していたのに、なぜ「2009年から」なのだろうか? 2009年は金正恩が後継指名を受けた年であり、金正恩の結婚も、この時期であった可能性がある。 

結局、張成沢は、このようなよく分からない罪によって、共和国刑法第60条に照らして、死刑判決を受けたのだった。

その後、韓国の報道によれば、100発近い機関銃を浴びて蜂の巣にされ、さらに火炎放射器によって肉塊が焼き尽くされたという。これまで長く、二人三脚で歩んできた「盟友」であり「大先輩」だというのに、そこまでするかという感じだ。

韓国発で気になる報道も散見される。12月13日付『朝鮮日報』は、次のように書いた。

〈 今年8月に、金正恩第一書記の妻・李雪主が所属していた「銀河水管弦楽団」のメンバーを始め、音楽家9人が処刑されていた。処刑方法は、4つの銃身を備えた機関銃や火炎放射器を使う残酷なもので、処刑されたメンバーには妊婦も含まれていた 〉

この処刑方法は、図らずも張成沢と同じだ。つまり、「燃やし尽くして、この世に存在しなかったことにする」ことだ。こんな残忍な行為を指示できるのは、トップの金正恩だけである。同記事は続く。

〈 銀河水管弦楽団はポルノ映像などのセックススキャンダルが浮上し、「李雪主も同じような行為に及んでいた」との暴露が飛び出したことから、一部メンバーが残虐な形で処刑された 〉

翌日付の同紙は、さらに踏み込んで報道している。

〈 朝鮮労働党傘下の社会安全部協奏団に所属していた李雪主を、銀河水管弦楽団のメンバーに抜擢したのは張成沢だった 〉

こうした一連の『朝鮮日報』の報道が事実だとしたら、そこから類推できることは一つしかない。すなわち、金正恩が8月の銀河水管弦楽団のスキャンダルによって、張成沢と李雪主との「過去の関係」に気づいてしまったということだ。それによって李雪主が、12月17日に金正日死去2年の参拝式に参列するまで、実に62日間も姿を消していたことの説明がつく。

そういえば、秦の始皇帝が、ナンバー2の宰相・呂不韋を自害させたのも、呂不韋と自分の母親との「過去」を知ってしまったからだったと類推される。歴史は、とてもつまらないことで動くのである。

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