ドラマの当たり年は賞レースも面白い! 『あまちゃん』か、それとも『ラジオ』か、あなたの評価は?
文化庁・芸術祭のテレビ・ドラマ部門に応募した『あまちゃん総集編』(HNKあまちゃんHPより)

放送業界をテーマにした専門月刊誌『放送レポート』(大月書店)が、11月号で興味深い特集記事を掲載している。

題して、「匿名座談会『番組賞』選考の舞台裏」。

文学賞選考の裏側を描いた読み物はよくあるが、テレビやドラマに与えられる各賞の舞台裏を明かした読み物は過去にほとんど例がない。各賞の審査員を経験した三人が、実体験を明かしている。タブーに挑んだ記事と言えるだろう。

生身な人間が選考する限り、公平な審査は難しい

座談会の声の一部を紹介する。

「(審査員には)『一般視聴者として言わせてもらう』という人もよくいるけれど、そういうのは許せません。何の資格があって自分は視聴者の代表と言えるのか。視聴者の意見だと言いながら、自分の意見を押し付けているだけじゃないかって」

筆者も過去、テレビと映画のある賞の審査にほんの少しだけ関わり、選考過程を垣間見たが、確かに審査員は、積極的に発言する人とほとんど声を上げない人に大別される。そして、大概はアグレッシブな人が場をリードする。これは、どんな議論だろうが同じで、賞の審査に限った話ではないから、ある程度は仕方がないだろう。

審査を簡略化し、投票による選考に絞れば、特定の審査員が主導権を握ることはなくせるが、それでは選考過程が見えにくくなり、ひいては賞のカラーが希薄化してしまう恐れがある。

匿名座談会には、こんな声もあった。

「トンチンカンな審査員もいて、満州開拓団もシベリア抑留も知らないジャーナリストがいた(笑)」

にわかには信じがたい話だが、確かに審査員には凄まじいほどに作品論に長けた人もいれば、ほかの知識がべらぼうに豊富という人もいるだろう。どちらも頭に詰まった超人的な人による公平な審査が理想なのだろうが、生身の人間にそれを望むのは酷だ。

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