社長の風景

度を越した低価格戦略には追随しません。あとで必ず、お客様にしわよせが行くからです。

かどや製油 小澤二郎

2013年12月19日(木)
週刊現代
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ごま油の市場シェアが約50%で首位の「かどや製油」。1858年、瀬戸内海の小豆島(香川県)で「加登屋製油所」として創業。戦後の1957年から同社製品の販売代理店を経営していた故・小澤直平氏が社長をつとめた。現在の社長は、直平氏の婿養子にあたり、商圏を北米・アジアへと拡大している小澤二郎氏(76歳)。独特の形状をしたビンに隠された秘話などを教えてくれた。


度を越した低価格戦略には追随しません。あとで必ず、お客様にしわよせが行くからです。おざわ・じろう/'37年、兵庫県生まれ。'63年に慶応義塾大学経済学部を卒業し、三菱電機へ入社。'68年11月、小澤物産に入社し、ガソリンスタンド経営に携わる。'80年から、かどや製油取締役をつとめ、'92年には小澤物産の代表取締役社長を兼任。'03年、小澤物産取締役会長、かどや製油代表取締役社長に就任した ※かどや製油のWebサイトはこちら

秘話

昭和30~40年代まで、純正ごま油はプロだけが調味料のように使う油でした。じつは当時、生産態勢も家内工業の延長で、つくれる量も少なかったんです。そこで先代が「やるからにはもっと広めなアカン!」と社長に就任して、まず大規模な工場を建設した。次に販売にも力を入れ、全国の酒屋さんや乾物屋さんに委託販売をお願いしてまわったんです。

営業に行く先々で「この油、どう使うねん?」と訊かれたから、「これはいかん」と、レシピが載った小冊子をつくって店先で配布したと聞いています。

ブームの源

日清食品さんの「出前一丁」に小袋入りの「ごまラー油」をつけていただいたことが、純正ごま油が普及するきっかけになりました。日清食品創業者の故・安藤百福さんが、ご自宅の裏庭の小屋を研究室にされ、即席ラーメンをつくれないかと試行錯誤されていたとき、弊社に「研究で純正ごま油を使ってみたい」と電話をくださった。まだどこの与信もない状況でしたが、弊社は大量の缶入り商品を届けました。

その後、研究が成功してチキンラーメンを発売され、安藤さんは大企業の社長になられた。昭和43年に「出前一丁」が出て、純正ごま油のおいしさが広まったのはそのあとです。

手帳 日本航空から送られてくる手帳を愛用。1985年から2013年までのもの。社員の名前だけでなく、社長としての心構えなどが小さな文字でびっしり書いてある

ごまの力

純正ごま油の用途は広い。変わったところでは、あんまんの「餡」にもごま油が入っている場合が多いんですよ。餡がツヤッとするらしいんです。ちなみに私は、納豆に卵としょうゆを入れ、純正ごま油を少しかけて食べるのが好きです。

亡き父と

特徴的な形のビンは、父が考えたものです。中身が油だけに、手がすべってはいけないと、ビンをくぼませ、細かい凹凸をつけてあります。父は「天井のフシ穴をジッと見ているうちに思いついたんだ」と自慢していましたが、私がアメリカへ留学したとき、よく似たビンで油が売られているのを見た。「マネしたのでは?」と言ったら、父は顔を真っ赤にして、「そんなの知らん!!」と怒っていました(笑)。

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