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映画『ハンナ・アーレント』どこがどう面白いのか 中高年が殺到!
週刊現代 プロフィール

物語の舞台は、1960年代初頭。ナチスの親衛隊将校で、数百万人ものユダヤ人を収容所へ移送したアドルフ・アイヒマンが逮捕された。哲学者のハンナ・アーレントは、自ら希望して彼の裁判を傍聴し、ザ・ニューヨーカー誌にレポートを書くこととなる。実際に裁判でのアイヒマンの発言を聞くと、アーレントは、彼が残虐な殺人鬼ではなく、ヒトラーの命令どおりに動いただけの〝平凡な人間〟なのではないかと感じるようになる。レポートでは、その点を指摘。さらに、ユダヤ人指導者がナチスに協力していたという新たな事実も記したことで、発表後、世界中で大批判が巻き起こる—。

ナチスに対するユダヤ人の思いを、完全に理解するのは困難だろう。日本人にとってはシンパシーを感じにくいテーマかもしれない。映画評論家の秦早穂子氏は、それでも評判となっている理由をこう分析する。

「ハンナ・アーレントという女性の一生を取り上げなかったことが、成功の理由だと思います。波乱万丈な彼女の生涯を追うストーリーにもできたはず。ですが、あえてそれをしなかったことで、結果として『主張したいこと』がより鮮明になっていました」

秦氏が言うように、アーレントの人生は、波乱に富んだものだった。

1906年にドイツで生まれたアーレントは、社会民主主義者のユダヤ人家庭で育った。大学では哲学者のハイデガーに師事し、既婚者である彼と一時不倫関係に陥る。第二次世界大戦中にナチスの強制収容所に連行されるも、脱出。アメリカに亡命した。1951年には著作『全体主義の起原』を発表して話題となり、哲学者としての地位を確立していく。その後、プリンストン大学やハーバード大学の客員教授を務め、映画で描かれているアイヒマン裁判を経験。この騒動後も政治哲学の第一人者として活動を続け、69歳のときに心臓麻痺によりその生涯を閉じた。2度の結婚を経験し、恋多き女としての一面も持ちあわせる。

伝えたいことがよく分かる

このような、女性としての波乱万丈な生き様を描くことも十分にできたはずだ。しかし、本作品ではその点にはほとんど触れず、アイヒマン裁判の騒動に焦点を当てることで「主張したいこと」を伝えている。これこそが、多くの観客の心を魅了している理由だろう。

それが最も強く表れているのが、作品の最後、アーレントの「8分間のスピーチ」だ。前出・岩波ホールの原田氏は、「この場面に強く感銘を受けて上映を決めた」と語る。

裁判の傍聴記を発表したのち、「アイヒマン擁護だ」とさまざまな誹謗中傷を受けたアーレント。勤務していた大学からは辞職してほしいと告げられる。だが、「絶対に辞めません」と拒否した彼女は、学生たちへの講義という形で、初めての反論を試みる。これが8分間のスピーチだ。