雑誌
ディー・エヌ・エー ミクシィ グリーほか 突然儲からなくなった会社何が起きたのか 少し前はあんなに羽振りがよかったのに
〔PHOTO〕gettyimages

猛スピードで駆け上がった。新しいビジネスを作り上げた。億万長者にもなったのに、どうしてこんなに不安なんだろう。「時代の寵児」と持て囃された経営者たち。その顔に焦りの色が滲み始めた。

社員の給料が高すぎて

六本木ヒルズ(東京都港区)のグリー本社を訪ねると、エレベーターホールから続くエントランスは、真っ白を基調とした広々とした待合スペースになっていた。来客者はゆったりとした白いソファに座って、アポイントを取ったグリー社員をそこで待つ。経費節約のために受付は「電話だけ」という会社が増えている中にあって、日本トップクラスの家賃を誇る六本木ヒルズで、来客者のために惜しみなくスペースを使う様は優雅さを漂わせていた。

来客者の一人が、その空間を「まるで巨大宗教団体の施設のようだ」と語っていたのが耳に残る。いまから2年前の2011年、本誌記者が取材でグリーを訪ねた時のことである。

当時、対応に出てきた広報担当者は大手電機メーカーからの転職組。取材に応じてくれたゲーム開発ディレクターも、直前に大手ゲームメーカーから転職してきたばかりだった。ちょうど携帯電話用ゲーム業界が急拡大する中で各社は人材獲得競争を熾烈化させ、グリーは新卒社員に「最高1500万円」の年収を約束するなど、破格の待遇を打ち出して人材集めを急いでいた時期である。

オフィスには「我こそは」とグリーの門を叩いた20代、30代中心の〝腕自慢〟が溢れ、ノートパソコンを片手に次々と訪れる来客者に慌ただしく対応していた。この年、グリーの株価は上場来高値の2840円をつけて絶頂の極みにあった。

グリー創業者の田中良和社長(36歳)が、楽天を退社してグリーを設立したのは2004年のことである。携帯電話用ゲームという市場を開拓するや爆発的な成長を始め、会社設立からたった4年で株式を上場。田中氏は30代前半にして、米誌『フォーブス』が選ぶ世界の富豪ランキングに名を連ねる成功者に躍り出た。

本誌記者がグリーを訪ねた'11年、田中社長は港区の高級賃貸マンションに住所を移している。家賃相場は、「約100m2のワンルームが月額97万円」(都内の不動産業者)。楽天創業者の三木谷浩史氏も住所を置くマンションで、元総理の鳩山由紀夫氏の事務所が入っていることでも有名だ。

さらにこの年、グリーは初の北米拠点を設立し、世界進出の一歩を踏み出した。グリーは日本版グーグルになれるとの声も出るほどに、〝ネット企業日本代表〟への期待感が膨れ上がっていた。広々とした待合スペースや破格の給与への違和感を大声で語ることは野暮。そんな時代の空気があった。

あれからわずか2年。グリーを取りまく状況はすっかり様変わりしてしまった。グリーのある役員は最近、旧知の知人にこんな本音を赤裸々に語っている。

「うちは身の丈以上に手を広げすぎた。『贅肉』がつきすぎているので、これを削ぎ取らなければいけない。ただ、優秀な人材を残しながら、リストラを進めるにはどうすればいいのか。給料ばかり高くて業績を上げられない社員が増えて困っているんだ」

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら