官僚が機密情報を独占できる日本版NSC。情報の流れをおかしくするこの法案の適正評価についてなぜもっと議論しないのか? ほか
佐藤優「インテリジェンスの教室」Vol025 「くにまるジャパン」発言録より

邦丸: 『はじめてのマルクス』という鎌倉孝夫さんと佐藤優さんの共著が出ました。師弟対談ということで、「鎌倉孝夫と佐藤優が読み解く資本論カネか命か」とオビに書かれていますが、佐藤さん、何十冊目の著書でしょうか。

佐藤: 六十数冊目だと思います。

邦丸: マルクス経済学というと、大学の経済学部の出身者は、「マルクス経済学」という講義があったよという程度の記憶はある。

佐藤: 1980年代前半までに大学に在籍していた人は、比較的よく知っていると思います。要するに「経済原論A」と「経済原論B」があって、大学によってAが近経(近代経済学)なのかマル経(マルクス経済学)なのか、どちらが主流なのか違いがありました。

邦丸: マル経、近経と言ってね、マルクス経済学と近代経済学がありましたね。

佐藤: ちなみに、東京大学はずっと経済原論Aのほうがマル経だった。

邦丸: マルクスさんがお書きになった『資本論』、これを読み解いてみようという。

佐藤: フツーに読んでもよくわかんない本なんですよ。だいたい序文だけで百数十ページもあるし。「何事も初めが難しい」なんて書いてあって、エラく難しい議論が出てくるわけですよ。だからみんな、諦めちゃう。文庫は全9巻で、1巻だけはよく売れるんだけど2巻以降がぜんぜん売れないという、恐ろしい本なんですね。

ただ、内容はおもしろい。どういうことかというと、「株価というもので経済を見るのは本当に正しいのか」とか、あるいは「おカネはどこから生まれてくるのか」とか、こういうような近代経済学では議論しないようなことをマルクスは言っているんです。

はじめてのマルクス
著:鎌倉孝夫、佐藤優
価格:1365円
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邦丸: 目次だけご紹介すると、「第1章:資本主義は命を奪う」「第2章:まやかしの金融工学」「第3章:価値は労働から生まれる」──これはなんか、昔習ったような気がしますね、「第4章:新自由主義者は頭が悪い」「第5章:ソ連はなぜ崩壊したのか」「第6章:マルクス経済学の重要性」「第7章:『資本論』をどう読むか」ということなんですが、ちなみに鎌倉孝夫先生というのは埼玉大学と東日本国際大学の名誉教授で、佐藤優さんが高校時代に指導を受けた方。

佐藤: 埼玉大学の助教授で、それはそれは有名な人だったんですよ。県立川口高校から埼玉大学に進んで東京大学大学院に学び、30歳前に博士号を取得した。当時はそんな人いなかったんですよ。宇野弘蔵(うの・こうぞう)先生という、『資本論』を革命とかそういう論理ではなく、運動をやれとかいうことではなくて、理屈として資本主義はどうなっているか読むという「宇野学派」というのがあったんですね。そういう大変な先生なんですよ。

でも高校生のころは、そんなことはぜんぜん知らないで、すごくいい先生だと思っていた。どうしてかというと、飲み会に連れていってくれるんですよ。ボクはマジメな高校生だったから酒は飲まないでコーラか何か飲んでいたんですけど、支払いのときにカネを出そうとしたら、「出してはダメだ」と言うんです。「割り勘という思想は間違っている」と。

邦丸: ふむ。

佐藤: 「一人ひとり皆、置かれている状況が違う。キミが置かれている状況は、お母さんから小遣いをもらっているんでしょ。だから出してはダメだ。ボクは今、本を出しておカネが入ったから出してあげる」と言うんですね。要するに、カネというところにおいて一人ひとり状況が違うということを読めるような人間にならなくてはダメだ、均等割にするという発想をするようではダメなんだということを言われたんですよ。

その教えは外交官になってからもすごく役立っていて、ロシアでも相手の経済状況を見ながらカネを出し合うとか、外務省でも若い連中にはおごるとか、上の人にはおごってもらって感謝を伝えるとか、この“カネ”に囚われないという原点を教えてくれた人なんです。・・・・・・

深読みジャパン

邦丸: (略)…各紙が取り上げていますが、続いて、皆さんも関心があるかないかは別にしまして、日本版NSC(国家安全保障会議)をつくろうじゃないか、その前提となる柱となる特定秘密保護法案が今、国会で審議されています。このNSCについては、前回もこの番組で佐藤さんにお話しいただきましたが、この大きな役割はひとつなんだということでした。

佐藤: そうです。日本が究極の事態になったときに、その問題を外交交渉を続けて平和裏に解決するのか、それとも力に訴えるのか。端的に言うと、戦争をやるのかどうかということを決める。そのための最高政治意思を決定する機関で、大日本帝国憲法下の統帥権というものを事実上行使する機関なんです。

今、特定秘密保護法に反対する人の一部が「治安維持法が再びやってくる」と言っていますが、これは違うんです。治安維持法というのは、日本の政治体制を変えようとする政治運動を規制するものだったんです。そうではなくて、軍事秘密、それから技術的なもの、政治的なものを守るということですから、戦前の軍機保護法、国防保安法という法律──これも暴走して、ひどい法律だったんですが──の危険性というものについて議論しなければいけないんですよね。

今の特定秘密保護法案が通っちゃうと、情報の流れがものすごくおかしくなるんですよ。それをどうして議論しないのか、私は不思議なんですけどね。クリアランス、すなわち適正評価というものがあるんです。たとえば、酒癖が悪いとか、あるいは奥さんが日本の敵対国の人だとかいうことだと適正評価から外されちゃうんですよ。それは、確かにそうだなと思うんです。

政治家は適正評価にかけないんです。そうするとどういうことになると思いますか。たとえば、アメリカのCIAから情報をもらう。イスラエルのモサド(対外諜報機関)から情報をもらう。イギリスのいわゆるMI6──秘密情報部は本当はSISというんですけど──から情報をもらう。そのときに、「適正評価を得た人にしか見せないでください」と言われるんです。機微に触れる本当の情報というのは、総理大臣にも官房長官にも防衛大臣にも外務大臣にも見せられないんですよ。だって、そういう約束で情報をもらうわけだから。政治家は適正評価を得ていないわけですからね。

政治に情報が上がらないんですよ。そうすると、官僚の情報独占になるわけです。今の法案はそういう仕組みの法律なんですよね。だから、この法律はまずいと思う。

邦丸: ふむ。

佐藤: でも、そのときに重要になってくるのは、具体的なこの情報源ですよとは言ってはいけないけど、実はこれはこうなっていますよと、その情報を紙にまとめて報告するのは国家安全保障局長。これは事務方の責任者なんですね。だから、ここに変な人がいたら、日本は暴走して戦争に進んでしまうかもしれない。あるいは、危機があるにもかかわらず、決断ができなくて侵略を招いてしまうかもしれない。ここが事実上カギを握る人になっちゃうんですよ。

邦丸: 安倍晋三総理が今、その国家安全保障局長になってくださいとお願いしているのが、外務省OBで現在内閣参与をやっている谷内正太郎(やち・しょうたろう)さんという元外務事務次官。谷内さんは今、兼任している仕事がいくつかあるので断りたいという意向を示しているようなんですが、安倍さんは「ぜひ、谷内さんに」ということで。この谷内正太郎さんという方は、外務省主任分析官当時の佐藤優さんの上司でいらした。

佐藤: 直属の上司ではなくて、斜め上にいた人ですが、本当に立派な人です。手放しでほめることのできる、数少ない外務省OBです。・・・・・・

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