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みずほ「呪縛」の原点を明かす『しんがり山一證券最後の12人』でスクープ!
暴力団への問題融資で国会に参考人招致された、みずほ銀行の佐藤頭取(右)〔PHOTO〕gettyimages

思えば、あれが始まりだった。総会屋への利益供与事件で第一勧銀に捜査のメスが入り、山一證券は巨額損失の「飛ばし」が発覚し、あっけなく破綻した。金融機関の不祥事は、なぜなくならないのか。

対照的な二つの「報告書」

「呪縛」という言葉が、日本の金融界で流行語になったことがある。

旧第一勧業銀行、つまり、現在のみずほフィナンシャルグループ(FG)の中核となる巨大銀行が一九九七年五月、総会屋に巨額の融資をしていたことが発覚した。同行の首脳は東京地検特捜部に追い詰められ、記者会見で長年の総会屋との癒着をこう表現した。

「影響力とか呪縛とか、そういうことがありました」

多くの企業が彼らと無縁ではなかったが、第一勧銀の場合は、総会屋一人に迂回融資を含め、総額四百六十億円の資金を提供していた。

企業は危機に陥った時に本性が現れる。「呪縛」は窮地にあった第一勧銀広報部などがひねり出した巧みな言葉で、新聞や雑誌、ノンフィクション作品、企業小説に次々と引用されていく。ヒットした映画『金融腐蝕列島「呪縛」』もその一つだ。しかし、その言葉は銀行と総会屋の関係を説明しているようで実は何も語ってはいない。銀行として反省したように見せ、事実を封印する言葉だった。

それから十六年後のいま、みずほ銀行が二億円に上る暴力団員らへの融資を放置し、強い批判を浴びている。みずほFGは、コンプライアンス(法令順守)担当だった常務らを辞任させ、暴力団融資の原因さえ不透明なまま幕引きを図ろうとしている。

問題は、融資の実態究明にある。ところが、みずほFGから委託された第三者委員会の調査期間はわずか二十日間に過ぎなかった。その報告は「組織として見過ごす体制に陥っていた」としながらも、内容について、第三者委員会の弁護士自身が「力及ばずという点では申し訳ない」と述べている。

そして、みずほのトップは第三者委員会の調査が終わったことを楯に、「調査は十分かつ適切だ」と主張している。彼らは甘い究明がグループだけでなく、日本のコンプライアンス関係者に深い失望を与えていることを知っているのだろうか。その姿勢は「徹底追及は不要だ」と言っているのに等しいのだ。

みずほFGの中でコンプライアンス部門を主導してきたのは旧第一勧銀出身者だ。同行は十六年前、呪縛という言葉でその背信体質を封印したが、あの時も総会屋への融資を黙認する雰囲気があり、幹部の間から「おかしい」という声は上がらなかった。不正を見逃す空気—それを「呪縛」と言うならば今回の事件でこそ使われるべきであった。

ここに二つの報告書がある。不正に直面した社員たちが九七年とその翌年に発表したものだが、実に対照的な内容となっている。

その一つが、前述の不正融資が発覚した直後の九七年九月、第一勧業銀行が公表したディスクロージャー誌である。

もう一つは、その二ヵ月後に経営破綻した山一證券の社内調査報告書だ。九八年四月の公表である。

山一は約二千六百億円の簿外債務が発覚して自主廃業に追い込まれている。負債総額は三兆五千億円。戦後最大の倒産であった。グループ全体で約一万人の社員を抱えた巨大証券の崩壊は、日本の金融システムを揺るがし、雇用不安と景気の長期低迷を促した。

「社員は悪くありません!」。社長が記者会見で絶叫した姿が全世界に配信されたから、涙の社長の映像とともに記憶している人も多いことだろう。

山一の社内調査報告書は会社を破滅させたその債務隠しが、いつ、だれによって始まり、いかに隠蔽されたのかを、会社に踏みとどまった社員たちが追及したものだ。

この調査に当たった人々の苦闘とその後の長い人生を、私は『しんがり—山一證券最後の12人』(講談社)にまとめて刊行した。そこにサラリーマン社会の色褪せない教訓があるからだ。

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