内田洋子 第4回 「本読みのシマジも唸る作家・内田洋子の数のレトリックと『私』の観察眼」

撮影:立木義浩

第3回はこちらをご覧ください。

シマジ 内田さんの作品を読んで愉しいのは、数のレトリックです。例えば『黒いビキニと純白の水着』(『カテリーナの旅支度』集英社刊)のなかの「旬を過ぎた女、ピナ」の過去を表現するのに「履歴に残ったのは、多数の個人授業と、何人もの師匠と、その数と同じだけの失恋だった」とか、『ヴェネツィアで失くした帽子』(同書収録)のなかの「そのあと数件を内見し、家の数だけ失望した」とかが面白いと思いましたね。

こういう表現はほかの作家で読んだことがありません。まさに内田流です。

内田 細かいところまで熟読玩味していただきうれしいです。

シマジ それから、内田さんが書く「私」は気軽にどこでも行ってしまい、気に入るとそこに住んでしまう自由人なところが素晴らしい。その村や町に住む「私」が広角レンズや標準レンズ、時には望遠レンズを駆使しながら人々を観察して、物語が綴られてゆく。しかも精緻な文体で読者をその場所に引きずり込んでしまう。そのあたりが作家としての新しい試みなんだろうね。

内田 本読みのシマジさんにそんなお褒めの言葉をいただき内田は感激です。

立木 セオはまだか。

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シマジ まもなく到着するよ。タッチャン、どうしてそんなにセオが気になるの。おれはもうあいつがくることさえ忘れていたよ。

立木 このまま話が進んで行くと、シマジがまた朗読を始めるんじゃないかと思ったんだ。朗読はいつもセオの役目だったじゃないか。

シマジ 吃音のおれをかばってくれるタッチャンのやさしさには涙が出るね。大丈夫、そのときはヤマグチに頼むから。