第58回 高峰譲吉(その三)
世界各国で爆発的に売れた―漱石の小説にも登場した「薬」の効能

一八九四年、高峰譲吉は、強力な糖化作用をもつ酵素を分離することに成功した。

高峰は、この消化酵素を、タカヂアスターゼと命名し、同年二月二十三日、その製造法を米国特許庁に出願した。
かくして世界初の消化酵素剤、タカヂアスターゼが誕生したのである。
高峰は、当時、アメリカ最大の製薬会社であったパーク・デイビス社に販売を委ねた。

タカヂアスターゼは、アメリカのみならず、世界各国で爆発的な売れ行きを見せた。
高峰は、日本では外国人の手でなく、日本人の手で販売したい、という意思を提示していた。その意を汲んで、一八九九年、三共商店(現・第一三共株式会社)が設立され、日本国内での販売も緒に就いたのである。

同年、高峰は、タカヂアスターゼを開発した功績によって、東京帝国大学から工学博士の称号を受けた。起伏の激しい人生を送りながら、ついに成功者として、地位と名誉と、何よりも巨大な富を獲得したのである。
なにしろ、夏目漱石の『吾輩は猫である』のなかで、苦沙弥先生を細君が、何とか宥めすかしながら、タカヂアスターゼを呑まそうとするのだから。

妻君が袋戸の奧からタカヂヤスターゼを出して卓の上に置くと、主人は「それは利かないから飲まん」という。「でもあなた澱粉質のものには大変功能があるそうですから、召し上ったらいいでしょう」と飲ませたがる。

細君が、「澱粉質」なるものの効き目を説くにいたるのだから、恐ろしい事だ。
もっとも、『明暗』で描かれているように、漱石の胃弱はかなり進んでいたようなので、実際、澱粉程度では、効き目がなかったのかもしれないが。

タカヂアスターゼの発明についで、高峰の業績として大きなものが、アドレナリンの発見と、結晶化の成功だろう。
一八九四年、ロンドン大学のG・オリバーとE・シェーファーは、副腎中のきわめて微量な化学物質に、血圧を上昇させる働きがある事を発見し、学会で発表した。
以後、世界中の化学者が、その、未知の化学物質を実用化するべく競いあった。
一八九七年に、ようやくアメリカの化学者J・エイベルが副腎から有効成分を抽出した。