読書人の雑誌『本』より
2013年12月06日(金)

『誘蛾灯 鳥取連続不審死事件』著:青木理
天の邪鬼

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すこし前、若い新聞記者にこんなことを尋ねられた。

「ノンフィクションの作品を書く時、テーマはどうやって決めるんですか。その作品を発表する場は、どうやって見つけるんですか」

そりゃあ簡単だ。問題意識をあちこちに張りめぐらせ、そのなかから選りすぐったテーマを掘り下げていく。良質なテーマなら、信頼する編集者が必ず受け止めてくれる―。

そう即答したいところだったのだが、実際はそんなに格好よくいかない。私の場合、むしろ編集者にいざなわれて新しい旅に出ることの方が多い。

見知らぬ旅先で事実をかき集め、それを活字に紡ぐのはもちろん、書き手の仕事である。ただ、さりげなく旅路を提示し、ともに歩んでくれる編集者は、かけがえのない羅針盤でもある。

私にとって、はじめてのまとまった仕事になった『日本の公安警察』(講談社現代新書)がそうだった。

私は当時、通信社の社会部に所属する組織ジャーナリストだった。オウム真理教事件の渦中で大揺れに揺れた警視庁公安部の担当記者も務めた。そんな私のもとを、一人の編集者が訪ねてきた。「オウム事件で『公安』という言葉はメディアに飛び交ったけれど、公安警察の実像はほとんど知られていない。それを描く書き手を探している。あなた、書いてみないか」と言って。

私自身、タブーと化していた公安警察の内実はもっと広く知られるべきだという想いはあった。過去の取材で知った情報を、ペンネームで雑誌に寄稿したこともあった。

しかし、一冊の作品に仕上げることまでは考えていなかった。実際に書くとなれば、膨大な追加取材も必要だし、警察側からの激しい反発も予想される。

悩んだ。だが、編集者に背を押されて執筆を開始し、追加の取材も重ね、なんとか一冊の本にまとめあげた。

この本は幸いに好評を博し、それなりのベストセラーとなって話題を呼んだ。いまも版を重ねていて、若いサツ回り記者からは「警察取材の必携本です」と言われる。うれしいし、物書き冥利にも尽きるが、私をいざなってくれた編集者がいなければ、この作品が世に出ることはなかった。

誘蛾灯 鳥取連続不審死事件』
著者:青木理
講談社 / 定価1680円(税込)
 
◆内容紹介
2009年秋、当時35歳だった木嶋佳苗の周りで、多数の男性が不審死した事件が話題をさらっていた。やがて同時期、首都圏を舞台とした、この事件とは別の連続不審死事件が浮上してきた。現場は鳥取、主役は上田美由紀、スナックのホステスだった。
一見、よく似た事件はまったく別の背景をもっていた。佳苗が、高級マンションに住み、外車を乗り回し、セレブ相手の料理教室に通って、婚活サイトを利用して男性を物色していたのに対し、美由紀は日本全国で最も人口の少ない都道府県である鳥取で多数の子ども抱え、自らが勤務する寂れた繁華街の小さなスナックでターゲットを探していたのだ。
筆者は、鳥取の町を歩き、事件の現場になったスナックに通い、裁判を傍聴する。美由紀に惚れ、貢ぎ、騙された男たちをみつけ、話を聞いていく。そして、拘置所にいる美由紀とも面会を重ねる。
その結果、華やかな臭いを纏う木嶋佳苗事件からは、決して見えてこない、地方特有の事件の景色が判明していく。日本の地方、田舎で何が起きているのか。事件の深層と地方の風景は切っても切り離せない関係にあった。
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