上阪徹の"ブックライター"式文章法【第二回】
「書く」ことが苦痛になる人の共通点とは? 表現より素材や事実にこそ目を向けよ

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【第1回】はこちらをご覧ください。

大事なのは、文章の中身であり、素材

ビジネス書の世界で、何年かおきに大きなベストセラーが生まれるジャンルがある。それが「話し方」や「伝え方」だ。数十万部の「コミュニケーションのハウツー本」は、過去にも何冊もある。それだけ多くの人にとって、気になるテーマだということなのだろう。

しかし、私にはずっと気になっていることがある。どんなに話し方や伝え方を磨いたところで、中身がつまらなかったとしたら、どうなのか、ということだ。話すことも伝えることも、単なる手段に過ぎない。大事なことは、何をその手段に乗せるか、ということではないのか。となれば、「中身の見つけ方」こそ、重要なことではないか。

これは、文章も同じである。大して中身はないけれど、文章はうまい、という文章と、文章は多少荒削りだけれど、内容となる素材は極めて興味深い、役に立つという文章と、果たしてどちらがいい文章といえるのか。

実は大事なことは、文章の表現の前に、文章の中身であり素材、ではないかと思うのだ。逆にいえば、中身や素材がそれなりにしっかりしていれば、文章は恐れるものではない、ということである。

文章が書き進められないときというのは、中身や素材がしっかり整理できていないとき、がほとんどではないかと思う。こうなると、書くことが見つからない。なんとか文章をひねり出し、紡ぎ出そうとすることになる。これは、私のように書くことを職業にしている人間にとってすら、苦しいと思う。