伝説の名プロデューサー(『男はつらいよ』『白い巨塔』…)の「ドラマ馬鹿」人生

2013年11月16日(土) フライデー

フライデー賢者の知恵

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『白い巨塔』撮影時。田宮二郎(右)と小林氏(左)。田宮は撮影終了後、最終回を見ることなく自殺した
SMAPの中居正広出演ドラマを制作。泉ピン子主演『腕まくり看護婦物語』も作った

撮影終盤には、躁うつ状態にあった田宮のモチベーションを維持するのに苦労した。田宮にトイレの個室に連れて行かれ、「セリフが頭に入らない」と延々と愚痴られたこともあったという。

その後、フジテレビから管理職に就くことを求められたが「現場に残りたい」と退社を決め、「彩の会」を立ち上げた。ここでも「浅見光彦シリーズ」など名作をいくつも手掛けた。

「とにかくタフでした。『いい番組を作るためには、いいものを見ることだ』と言って、膨大な量の芝居や映画を見ていた。ロケが早く終わって3時間空きができたときにこっそり新作映画を見ていて、私たちが『監督、いつの間に見てたんですか』と驚くと『こういうのがかっこいいんだよ』とうれしそうにしていました」(同前)

最後の最後までドラマ馬鹿を貫いた。

「晩年は腎臓を患っていました。亡くなる半年前に、現場に出ようと、友人に両脇を抱えられて病院を抜け出した。事務所でビールを飲みながら『おう』って。最期も京都の現場。その日も『早く現場に入りたくて仕方ない』と予定より1時間早く出発したんです」(前出・浩司氏)

しかし、撮影中に心不全で倒れ、搬送先の病院で亡くなった。あの数々の名作の背景には、稀代の名プロデューサーがいたのだ。

「フライデー」2013年11月22日号より

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