[裏方NAVI]
佐藤尚(東洋大学駅伝部コーチ)<前編>「練習と対話の中にこそある原石の光」

スポーツコミュニケーションズ

数字より閃き重視のスカウティング

 そして、この柏原からのたすきを受け、3年連続で山下りを担当したのが、1学年下の市川孝徳だった。高校から陸上を始めたという市川は、3年連続で全国高校駅伝に出場した経験こそあるものの、やはり全国的にはほとんど無名だった。佐藤が市川を初めて見たのは、高知工1年の時に出場した全国高校駅伝だった。レース前、全国各地から集結した選手たちがウォーミングアップをしていた西京極陸上競技場のグラウンドで、佐藤の目に留まったのが当時1年の市川だった。

「大勢いる選手の中で、パッと目についたのが市川だったんです。何か光るものを感じました。それが何かと言われると、言葉には言い表せないのですが、とにかく感じるものがありましたね」
 聞けば、高知工の選手だという。早速、同校の監督に話を訊くと、「アイツはムラのある選手で、なかなか本番で力が発揮できないんですよ」という答えが返ってきた。その言葉通り、市川の全国高校駅伝での区間成績は27位、44位、41位に終わった。だが、佐藤の関心は薄らぐことはなかった。

「パッと見ていいと感じた選手は、成績なんかに惑わされずに、ずっと追いかけていくべきだと思いますね。市川も結局は、柏原と同じく、一本釣りですよ。どこもライバルは現れませんでしたからね」
 大学入学後の柏原と市川の活躍を見れば、佐藤に“してやったり”という思いは、少なからずにあったに違いない。

 柏原も市川も、佐藤が「よし、この選手だ」と最終判断を下すのは、練習の姿を見てからだ。他のスカウトが本番での走りを判断材料とする中、佐藤はなぜ普段の練習を重視するのか。
「レースでの走りというのは、本人というよりも、指導者がつくりあげたプランを基にして走るわけです。それが悪いというわけではありませんが、ちょっと面白みがないですよね。一方、練習は強さも弱さも出てくるから、見ていて面白い。それにレースではなかなか本人と話せませんが、練習だったら気軽に声がかけられるという利点もある。だから、レースよりも練習の方に足が向いちゃうんです」

 東洋大は、12年1月の箱根駅伝で3度目の頂点に立った。重要な“山登り”と“山下り”を担当したのは、柏原と市川。高校時代は無名のランナーだった2人であった。まさに、それこそが東洋大の強さなのだろう。佐藤が見つけた原石は、確かに光り輝いていた――。

(後編につづく)

佐藤尚(さとう・ひさし)
1953年4月29日、秋田県生まれ。秋田工業高時代は中距離選手として活躍。東洋大では陸上部のマネジャーを務めた。卒業後、故郷でサラリーマンの傍ら母校の陸上部を指導する。94年に東洋大監督に就任し、2002年からはコーチとしてスカウト活動も担当する。09年、監督代行として箱根駅伝で初の総合優勝に導く。同年3月からコーチに戻り、現在に至る。

(文・写真/斎藤寿子)

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