雑誌
実例集 幸せだった老後は簡単に瓦解した 私はこうして70歳過ぎてビンボーになった 
70歳からのビンボーはこんなに怖い第3弾

「こんなはずではなかった」皆がそう口を揃える。食費を節約してもなお、減っていく貯金額。「真綿で首を絞められているような」日々。彼らはなぜ、悲惨な老後を送ることになってしまったのか。

孫も寄り付かなくなる

「老後にこんなみじめな思いをするとは思わなかった」

71歳の小林昌道さん(仮名・以下同)は、こう嘆く。

部品メーカーを60歳で退職し、現在は神奈川県内のマンションに妻(68歳)と二人暮らし。3人の子どもはすでに独立している。現役時代も決して裕福な暮らしをしていたわけではなかった。病に倒れた父親の生活を支えていたからだ。

「親父は新潟で仕事をしていたのですが、50代前半のとき脳梗塞で倒れてしまった。麻痺が残り、仕事は続けられなくなってしまったんです。当時私は30歳前後でしたが、毎月、実家に仕送りをするようになりました。姉と妹がいるのですが、二人とも専業主婦でしたし、私が両親を支えなくてはという思いがあった。

自宅のローンもあったし、正直、苦しかった。でも、仕送りは定年まで30年近く続けました。全部で3000万円ほどにはなっていたでしょうか」

慎ましくはあったが、日々の生活に不満はなかった。孫が遊びに来ると、遊園地へ連れて行ったり、おもちゃを買ってあげるのが楽しみだった。

そんな老後の生活が想定外の方向に進み始めたのは、7年前。父親の死がきっかけだったという。

「通夜の席でのことです。姉の旦那が『親父さんの家と土地は処分して、早く分けてくれ』と言い出した。ですが、私は親父から『この家と土地はお前にやる。姉と妹にはやらなくていい』と生前に言われていたんです。仕送りをしていたので、その分くらいの価値はあるだろうから、と。そのことを告げると、今度は妹の旦那が『そんな口約束は関係ない。法的な権利はあるんだ』と口を挟んできた。以前から打ち合わせでもしていたかのようでした。

それまで、姉、妹や義理の兄弟とは仲良くやってきていたんです。まさか父の通夜の日にこんなことになるなんて。カネが絡むと人は豹変するものなんだ、と改めて感じました」

母親は泣くばかりで、話し合いは進まない。その後、とりあえずの手段として母親にすべて相続する形を取ることになったという。