「野党の退潮」で一強状態の自民党は国民政党たりうるか
〔PHOTO〕gettyimages

1960年代後半に、先進民主主義諸国で、「野党の退潮」という現象が見られた。それは、米ソ冷戦下で、安全保障等の分野で政策の選択肢が乏しくなり、主要政党間で政策の違いが目立たなくなったことが原因である。

つまり、野党であっても政権を獲得しようとするならば、政権党と大きく異なる政策を提示するわけにはいかなくなる。その結果、政策的に野党と言えるのは、体制外的な極端な主張を展開する政党になってしまう。

一方、政権党のほうは、あらゆる階層の支持をとりつけるべく、政策の幅をさらに広げていく。このような政党を"catch-all-party"という。読んで字の如く、皆をキャッチする政党であり、「包括政党」とか「総花政党」と呼ぶ。このよう政党は、広汎な階層に支持者を拡大し、長期的に政権を担当することが多い。

当時は、日本では自民党がそのような包括政党であり、一党優位制を確立していた。スウェーデンの社民党、イスラエルの労働党なども、そのような例である。

自民党が包括政党ではなくなっている

40年前と今とを同列には論じられないが、民主党の失敗によって、「野党の退潮」という現象が起こっている。そのため、自民党一強という状況になっているが、かつてと違うのは、自民党が包括政党ではなくなっていることである。

民主党政権下で、自民党は、政権を奪還するために、右寄り路線を強めてきた。左寄りの民主党政権に対抗するには、それが最も安易で、有効な方法であった。幸か不幸か、民主党は、党内のガバナンスにも、統治能力にも欠け、とりわけ東日本大震災、原発事故への対応で失敗を重ね、国民の信頼を失ってしまった。

しかしながら、統治能力の欠如と、掲げた政策の評価とは別のものである。統治能力がなかったばかりに、その政策までが全否定されるとすれば、4年前に民主党政権を実現させた有権者の政策判断が全て間違っていたことになってしまう。

子ども手当にしろ、それが控除から手当へという税制改革の一環であるならば、間違っているわけではない。年金改革にしても、最低保障の発想が、不合理であるわけでもない。不幸なのは、あまりにも統治能力が乏しかったために、掲げた政策までが一文の値打ちもないように批判されてしまったことである。

当時の野党第一党の自民党が、政権奪還のために、民主党の政策をことごとく批判するのは当然である。そして、それがあまりにも成功し、昨年末に政権に復帰することになったのである。

しかし、かつての自民党と今の自民党が異なるのは、野党バネ、右翼バネをきかせたまま政権運営をしていることである。政権をとったら、右から左の方向に、少しネジを巻き直したほうが上手くいく。1960年代後半から、革新自治体に見られるように、地方レベルで自民党政権に対する批判勢力が顕在化したとき、自民党は、福祉政策の充実など、革新勢力の政策を取り込み、あるいはさらに先進的な政策を先取りして、政権の安泰化を図っていった。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら