特集 日本のシンボル・皇居周りの環境保全
20年東京五輪の人気スポットにも[お濠再生]

環境省が再生に力を入れる千鳥ケ淵

黄緑色のアオコが大量発生するなど水質悪化が目立っていた皇居周りのお濠(外苑濠)再生に向け、国、自治体、民間の連携による取り組みが進んでいる。環境省のパワーアップした浄化設備が今年度から稼働、2015年度には下水からあふれた越流水の流入を防ぐ東京都の工事も完成し水質改善のめどがたった。さらに、わずかに生息する〝江戸っ子〟のヘイケボタルや国の特別天然記念物であるヒカリゴケなど貴重な動植物の保護や景観保全策も実施されている。自然が多く残る都心の貴重な憩いの場としてばかりでなく、日本のシンボルもある皇居周辺のお濠が、20年東京五輪開催をにらみ、外国人観光客にも人気のスポットとしてその再生に期待が高まっている。

外苑濠は千鳥ケ淵、牛ケ淵、桜田濠、大手濠など計12の濠からなり、面積は合計38・6ヘクタール、貯水量は48万3600立方メートル。もともとは玉川上水を水源とし、1898(明治31)年の淀橋浄水場(豊多摩郡淀橋町=現・新宿区西新宿)完成以降は、浄水場の1日約2万立方メートルの余剰水が外苑濠に注いでいた。しかし、1965年に同浄水場が廃止され通水がストップすると、主な水源はなくなり、お濠の水は雨水とわずかな湧水に頼るようになり、水量不足に陥っていた。

また、千鳥ケ淵、桜田濠、清水濠には東京都の合流式下水道の越流水吐水口が4カ所あり、一定以上の雨が降ると、下水道でさばききれない下水が雨水ともに濠に流入、水の供給源にもなっていた。しかしその半面、底に堆積した泥や落ち葉、ゴミなどとともに水質悪化の大きな原因となっていた。毎年夏から秋にかけては大量のアオコが発生するほどひどい状態が続いていた。多くの濠に自生していた貴重な水生植物も荒れて絶滅の危機に瀕している種類があるほか、外来の魚が繁殖して在来種を圧倒し、本来のお濠の姿が損なわれていることなどから総合的な対策が望まれていた。

環境省が外苑濠の中で最も再生に力を入れ、取り組むのが東京都内有数の桜の名所にもなっており、ボートを浮かべるなど都心の憩いの場として親しまれている千鳥ケ淵と牛ケ淵などその周辺地域。

皇居外苑一帯を管理する同省外苑管理事務所によると、千鳥ケ淵は、江戸城が築かれたのに伴い小さな川をせき止めたため池として作られ、その後江戸城を囲む濠の一部となった。江戸時代には飲料や生活用水として利用されるほど水質はよかった。また、石垣にはヒカリゴケが生育し、牛ケ淵にはヘイケボタルなど貴重な生物が生息しているという。

〝江戸っ子〟ヘイケボタルが生息

このヘイケボタルは最近のDNA鑑定で、千葉、埼玉といった関東南部で見られるヘイケボタルのDNAに近く、あまり移動しない習性であることから、昔からこの地域にいた可能性が高いという。ヘイケボタルは少ないながらもすみ続けていたが07年には大量発生し800匹弱が確認された。しかし、ここ数年は徐々に減少してきており、今年は数十匹しか見られなかったという。同事務所では餌になる貝類が食べられて減ってしまったのが原因ではないかと見ている。ヘイケボタルは桔梗濠でも観察され、石垣の隙間が繁殖場所となっていることもわかった。これも〝江戸っ子〟の可能性が高いという。

このほか、千鳥ケ淵、牛ケ淵の水域にはオオシオカラトンボ、ベニイトトンボなどのトンボ類やオシドリ、エビモ、環境省のレッドデータブックで「絶滅の危機が増大している種」という絶滅危惧Ⅱ類に分類されているツツイトモなどが観察される。皇居の森と一体となった陸域にはアオバズク、オオタカやヒヨドリなどの鳥も生息している。

しかし、水質はお濠の中で最も悪く、自然環境、景観などにも課題が多くなってきた。このことから同省は専門家や一般市民らに参加してもらって千鳥ケ淵の将来像と実現の道筋について検討、今年3月に牛ケ淵、北の丸公園地域も含めた「千鳥ケ淵再生プラン」を作り、本格的な再生事業をスタートさせた。

再生プランでは、水質改善への取り組みを第一にあげ、生物にとっての環境対策、景観、公園緑地・行楽地としての利用対策もあわせて取り組むとした。

そのうえで生物については「牛ケ淵などの貴重な生物を守りながら、千鳥ケ淵などの周囲の環境を改善し、森や草地については皇居の森と一体となった環境づくりが課題」とし、水辺では「オシドリやホタル、トンボのすむ水辺」をキャッチフレーズに千鳥ケ淵、牛ケ淵、北の丸の池に水生植物、昆虫、魚類、水鳥など多様な生き物がすんでいることを目指すとした。

陸域では「アオバズクのすむ森、オオタカのすむ森」として皇居の森と支え合う存在、周囲に生き物を広げていく源となっていくことを目指す。さらに石垣などの歴史的な遺産に守られてきたホタル、ヒカリゴケなどの貴重な種が、歴史的な環境とともに保全されることを目指すという目標を立てた。

また、景観については、江戸城の濠や門、近代の近衛師団本部跡などさまざまな時代の歴史が共存し、周辺の植栽や設置物も歴史的遺産に配慮された景観になっていくことを目指す、などとした。特に、千鳥ケ淵や北の丸公園の土手や千代田区が管理する緑道公園の約1000本のソメイヨシノなどのサクラについては「道を歩きながら、目の前から遠くの背景まで、頭の上から、見下ろした濠端まで刻々と変化する景観は他に類を見ない」としながらも、サクラの寿命ともされる樹齢60年以上のものが多いうえに植栽が過密気味になっていると指摘し、個々のサクラの樹勢を維持改善していくとした。

これを受けて同事務所ではまず、水辺の自然再生を目指し多様な生物がすむことができる空間を確保するため、千鳥ケ淵に浮島を作ったり、文化財部分を損なわないようにして石垣の前に捨て石を置き浅瀬を作る検討を始めた。ボートや土手の上から周辺に生息するトンボなどの生き物が観察でき、身近な自然との触れ合いができる場として整備していくのだという。

また、ヘイケボタルは暗くないと繁殖が難しいことから、周辺の建物の照明の光をなるべく少なくしてもらうよう働きかけている。同事務所の飛島雄史次長は「千鳥ケ淵などの再生には方向性を一つにして、20年後、30年後もぶれないよう検討しています。ヘイケボタルについては都心の真ん中であっても自然環境の中で生き残ってきたもので、少しでも多く繁殖できるよう環境改善を進めていくことが大切です。明治時代にはお濠でホタル狩りをしたという記録があるようですが、将来増えてきたらホタルが育った自然環境とともにワンセットで見ることができるようにしたいのです」と話している。

一方、千鳥ケ淵をはじめお濠再生の大きなカギを握る水質改善については、同省はこれまでも東京駅の地下工事中に湧き出た水や首都高速に降った雨水を濠に流したり、発生したアオコの回収、さらに牛ケ淵の水を抜く干しあげをして底にたまったゴミや枯れた水生植物と泥を除去する、などの対策を講じてきた。

また、95年度からは日比谷濠近くに設置した1日最大1万4000立方メートルの処理能力を持つ浄化施設を稼動させ、循環による水質改善を図ってきた。日比谷濠から取水し、浄化した水を濠の中で最も高い位置にあり、分水嶺となっている桜田濠と半蔵濠に流し(1)桜田濠からは蛤濠→桔梗濠→和田倉濠→馬場先濠→日比谷濠へのルートと凱旋濠→日比谷濠の反時計回りのルート(2)半蔵濠からは時計回りで千鳥ケ淵→牛ケ淵→清水濠→大手濠→桔梗濠で桜田濠からのルートと合流する――という2ルートの流れで循環させて浄化を進めてきた。

年に4回、千鳥ケ淵、半蔵濠、日比谷濠、牛ケ淵の4カ所の濠の水質を、定点観測している千代田区によると、年によってばらつきはあるものの全体的には改善傾向にあるという。しかし、同省はこれはあくまでも一時的、限定的な成果であり、抜本的な解決にはなっておらず、総合的な対策を進める必要があるとして学識者・関係者の意見を聴くなどして10年3月に「皇居外苑濠管理方針」を策定、実施に当たっての「皇居外苑濠水質改善計画」を作った。「水質改善計画」ではアオコの大量発生の防止を基本的な目標に置き、水質の数値で透明度1~2メートルとし、COD(化学的酸素要求量)や全窒素、全リンなどもワカサギが多くすむ諏訪湖並みの水質にする計画だ。

今年度から稼働した環境省の新たな浄化施設

しかし、直ちに達成するのは難しいとして、東京都下水道の越流水流入防止対策が完了する15年度までの暫定的目標して、最低限濠の中で最もきれいとされる桜田濠並みの水質である透明度1メートルなどの値に設定して取り組むことにした。

目標達成の当面の対策として(1)浄化施設の改善(2)濠水の円滑な循環(3)アオコの回収――を挙げ、中長期的には底にたまった泥をしゅんせつしたり、泥に砂をかぶせてヘドロを抑え、水生植物の管理などを検討する。さらに、淀橋浄水場が廃止されてから極端に減ってしまったお濠へ流入する水量確保についても、中長期的な対策として流域外からの導水について検討を進めるとした。

浄化施設について同省は約18年間運用してきた浄化施設に代えて、新浄化施設を隣に整備して今年度から稼動を始めた。新しい浄化施設はアオコなどの汚れを凝集剤で塊にして細かい砂と一緒に沈殿させてきれいな水と分離する高速凝集沈殿方式というもので、1日2万立方メートルの処理能力がありこれまでの施設より40%パワーアップ。従来と同じ日比谷濠から採水し、ポンプで上流に送り桜田濠と半蔵濠に放流している。

水質の改善で大きな期待が寄せられているのが15年度に完成する東京都下水道の越流水防止工事だ。現在、千代田区と新宿区など皇居東側からの下水は皇居西側から南下して港区の芝浦水再生センターに流れているが、一定以上の雨が降ると下水道がパンク状態になり、雨水は道路にあふれたり、下水などとともに千鳥ケ淵などの吐水口から外苑濠に流れ込んでいる。外苑濠に流れ込む越流水などは正確にはつかめていないが、東京都下水道局の調べでは、同じように越流水を流す仕組みになっている東京都北区にある神谷ポンプ場では02~04年の年平均で42回放流している。同局は外苑濠にも同じくらいの回数は流れ込んでいると見ている。

東京都は外苑濠の汚水対策とともに周辺の水害対策として、隅田川に流すルートに切り替え、下水道管も内径8メートルの太いものに変える工事を02年から行っている。工事は15年度には完成する予定で、これによって3年に1度の確率という1時間当たり50ミリの降雨までなら下水道で吸収でき、外苑濠には流れ込まないという。50ミリ以上の豪雨になれば大量の雨水で汚水が希釈されてお濠の水はそれほど悪化しないという。

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