『アンパンマン』を生み出したやなせたかしさんの功績は国民栄誉賞に相応しい!

軍隊経験者が生んだ"斬新な作品"

アニメ『それゆけ!アンパンマン』(日本テレビ)を最初に見たのは、確か20年ほど前だった。どう見ても強そうではない2頭身のアンパンマンが、これまた弱そうなばいきんまんと戦う場面はユーモラスだった。「アンパーンチ!」は必殺技であるはずなのだが、あんまり痛そうではなく、ほほえましかった。

アンパンマンが、お腹を空かせた相手に自分の顔をちぎって食べさせてしまう場面の異様さには驚いた。初めて見たときには気付かなかったが、よく考えれば、斬新な作品だ。ヒーローも仇役も強そうでないだけでも珍しい。

あとになって調べると、放送開始は1988年10月。当初は関東ローカル放送でスタートし、半年間で終わってしまう予定だったが、幼児たちの圧倒的な支持を受け、継続に次ぐ継続が繰り返された。無論、今では全国ネット放送。日テレ系列局のない沖縄県でも放送されているというから、すごい。沖縄ではTBS系列の琉球放送でやっている。番組販売(番販)と呼ばれる形態で、人気番組の証である。

大人が聴いても聞き心地が良く、なぜか耳について離れない主題歌「アンパンマンのマーチ」は、作詞が原作者・やなせたかしさんで、作曲は「津軽海峡・冬景色」などで知られる故・三木たかしさん。やなせさんも名曲「手のひらを太陽に」の作詞者でもあるから、豪華布陣だ。

やなせさんは10月13日に他界した。なぜ、こんなにも斬新な作品を残せたのだろう? 本人の生前の言葉によると、軍隊経験が強く影響しているようだ。日中戦争で、やなせさんは中国・福州に赴いたが、一度も銃を使ったことはなかったという。本人は「(自分は兵士として)何の役にも立ちませんでした」と自嘲気味に振り返っていたが、後悔は口にしていない。そもそも戦うことが嫌いだったようだ。なるほど、アンパンマンの戦闘シーンもゆるゆるだ。

やなせさんの弟さんは、海軍の特攻潜水艦「回天」に乗り込み、戦死している。特攻潜水艦とは、つまりは人間魚雷であり、乗り込んだ時点で死が約束されている。弟さんは、まだ21歳だった。

やなせさんは、「真に憎悪すべきは戦争です」と繰り返し話していたが、そんな考えになるのも頷ける。為政者や指揮官たちとは違い、現場の兵士はいつ殺されるか分からないし、憎くもない相手を殺さなくてはならない場面もあるのだろうから。そんな人が考えた作品なので、アンパンマンは誰とでも仲良くなるし、仇役・ばいきんまんは一度として死ななかった。やっぱり斬新な作品だ。

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