[障害者スポーツ]
伊藤数子「ボランティアを“する側”と“される側”という図式の存在」

編集スタッフとして全スポを支えた石渡康大さん<右>

 10月12~14日の3日間に渡って、「スポーツ祭東京2013」の一環として行なわれた全国障害者スポーツ大会(全スポ)。NPO法人STANDでは、東京都と協働でインターネットでの動画配信を行ないました。今回の配信事業の目的は、もちろん障害者スポーツの普及拡大ということが挙げられます。しかし、私にはもうひとつの目的がありました。

「ボランティア」――日常に溶け込んでいるたこのワードに対して、皆さんはどんなイメージを持っているでしょうか。頭の中に浮かぶボランティアに携わる人には老若男女、さまざまな人がいることでしょう。しかし、その中に障害を持っている人もいるという人は、そう多くはないと思います。いえ、皆無に近いと言っても過言ではないかもしれません。なぜなら「障害者=ボランティアをされる側」、「健常者=ボランティアをする側」という関係が、無意識のうちにできあがってしまっているからです。そしてそれは崩れることのない上下関係になっていることも少なくないのです。

 今回の動画配信について、関係者と打ち合わせをした時のことです。スタッフはボランティアを募ることになりました。そこで、私はこう提案しました。
「障害を持っている人にも、ボランティアに参加してもらいましょう」
 すると「えっ!? 本当ですか?」「大丈夫ですか?」という驚きの声が上がりました。しかし、それは決してマイナスなものではなく、「それ、いい案ですね」というプラスにとってくれたものでした。もちろん、賛同してくれたことは嬉しかったのですが、その時、私は「今も変わってないんだなぁ」という気持ちにもなったのです。というのも、約20年前、私は同じことを経験していたからです。

 1991年、石川県で国体と全スポが行なわれた時のことです。当時、金沢市内で企画会社を立ち上げたばかりの私は、全スポのパソコン通信による速報配信に携わる機会に恵まれました。実は私はそれまで一度も障害のある人と話をしたこともなく、それが生まれて初めての障害者との接点でした。ですから、障害者について、また取り巻く環境についての知識は全くありませんでした。

 その時行なったのが「障害のある人自らがボランティアスタッフとなって、障害者のスポーツ大会を盛り上げよう」という企画でした。実はこのプロジェクトに関わるようになった当初、私は違和感を覚えたことがありました。それは「障害者=ボランティアされる側」「健常者=ボランティアする側」という図式が存在することでした。当時の私には障害者への知識もない代わりに、先入観もありませんでしたから、これには非常に疑問を感じたのです。
「なぜ、障害者はボランティアをしてもらうだけと決められているのだろう……」

 これが、このプロジェクトに「障害のある人がボランティアとして参加する」という企画を加えた理由です。そしてその違和感は後に、年齢、性別、国籍、障害の有無を問わないユニバーサル社会をつくりたい、という現在運営しているNPO法人のコンセプトへとつながっていったのです。