寺田悠馬「楽園を出よう!」

憧れと差別の狭間で ~ポール・ゴーギャンが描く偽りの楽園

2013年11月01日(金) 寺田 悠馬
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『イア・オラナ・マリア(マリア礼賛)』
1891年 (メトロポリタン美術館)
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美術館が好きで、よく足を運ぶ。古代から現代、洋の東西を問わず作品を観るが、その画家のキャンバスには、なぜか執拗なほどに心を揺さぶられる。

ポスト印象派の代表格、ポール・ゴーギャン。晩年、故郷フランスを離れてポリネシアに住み着いた画家は、モーブやマジェンタで甘美に彩られた、香しき楽園の姿をひたすら描いた。

その肥沃な大地に佇むのは、小麦色の肌を惜しみなくさらす、胸もあらわな女たち。微笑んでいるのか、もしくは消えた笑みの残影を宿しているだけなのか、妖艶な表情をまとった楽園の女たちが、ゴーギャンのキャンバスの数々に収められている。

文明に背を向け、地球の裏側で神秘の美を発見した巨匠というイメージは、画家の没後100年以上たった今なお、世界中で語り継がれる。日本で近年開催された回顧展のパンフレットでも、ゴーギャンは、「自らの内なる野生に目覚め」、「その特異な想像力の芽を育む楽園を求めて」、「人間の根源を探求し続けた」偉大な芸術家として紹介されている。

だが晩年の画家が遺した作品を観て美術館を後にすると、決まって心に残るのは、その圧倒的な美しさではない。むしろこみ上げてくるのは、不可解な気持ち悪さ、そして居心地の悪さ。

なぜいつも、ゴーギャンのキャンバスに強い違和感を覚えるのか。改めて考えてみると、一つの疑問がふと頭をよぎった。

「タヒチの男たちは、どこへ消えてしまったのだろう?」

画家が異国に移り住んで制作した多量のキャンバスには、なぜか成人した男性の姿がほとんど描かれていない。

観察眼と感受性に恵まれたはずのゴーギャンの目に、タヒチの男たちが映らなかったはずはないだろう。すると島の男たちは、画家のキャンバスから、意図的に排除されたのではないだろうか? そしてキャンバスに収められた楽園の中に、画家があえて描かなかったものが、まだ他にもあるのではないか?

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