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みのもんたは、なぜこんなに嫌われるのか【第2部】しゃべってるだけなのに「みのはなぜあんなに金持ちなのか」という国民的疑問

テレビに出れば儲かるのか

「私の倅じゃなかったらそんなに大騒ぎにならなかっただろうなあ。それだけ」

みの氏が雄斗容疑者逮捕の直後に会見を開いたのは、鎌倉市の自宅前だった。不遜な態度の会見が終わると、みの氏はこんな一言を残し、大理石張りの玄関の奥へと消えて行った。

以前からみの氏を知る芸能レポーターは言う。

「この自宅は'10年に新築したもので、総額17億円。一時期は年収11億円といわれたみのさんにとってはそんなに大した額じゃないですけどね。他にも鎌倉駅前のビルやマンションなど、複数の不動産を持っています」

まさに「口ひとつ」で築き上げた豪邸と資産である。'04年、'05年の芸能人長者番付第1位(その後は発表なし)。ここ10年ほどは、みの氏が「日本一金持ちの有名人」であり続けたことは間違いない。

ここで浮かぶのは、「なぜテレビに出てしゃべるだけでそこまで金持ちになれるのか」という当たり前の疑問だ。そこには、みの氏が長年培ってきた、「金主」であるテレビ局との切っても切れない蜜月関係がある。

「若い頃は僕の方が先にテレビに出ていたんですが、みのと一緒に遊びに行ったとき、芸者さんがみのに向かって『付き人ですよね』って言っちゃった。

そしたら、後でみのが机を叩いて悔しがってね。『テっちゃんはテレビに出てるから気づかれたんだ。やっぱテレビに出なくちゃダメだ。俺、絶対テレビに出るよ』と言ったんです」

こう語るのは、文化放送に新卒でみの氏と同期入社した、元アナウンサーの橋本テツヤ氏だ。

ラジオアナウンサーとしてキャリアをスタートしたみの氏は、35歳の頃に通販番組などを制作する企画部へ異動となったのを機に文化放送を退社。家業の水道メーター会社・日国工業(現・ニッコク)で営業をしつつ、テレビ出演を模索し始める。

「フリーになった頃のみのは、テレビ東京の長時間時代劇の『生CM』の読み上げとか、新人のやるようなきつい仕事も喜んで引き受けていました。『何が何でもテレビに出たい』『有名になりたい』という思いが強かった」(橋本氏)

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