古賀茂明と日本再生を考えるメールマガジン動画版Vol.009
「ドラマ『半沢直樹』にみる組織の論理」、「汚染水問題における政府の姿勢」

ドラマ『半沢直樹』にみる組織の論理

現代ビジネス編集部(以下Gbiz): みなさん、こんにちは。「古賀茂明と日本再生を考えるメールマガジン」、今回は動画版の第9回目です。ちょっとまたいろいろとトピックスがあるんですけれども、まず初めに『半沢直樹』、これにからめた話題からお願いします。

古賀茂明(以下古賀): (略) あれは普通だったらクビですね、ああいう人は。銀行では、クビといっても出向ですけれども。で、最後の最後で出向になって、みんな、「あれっ?」とか思ったかもしれないんですけれども、僕は経産省にいて、非常に似たような経験を、もう何回もしてきたんですよ。

いろんな制度、仕組みを変えようとして、それで天下り先をつぶしたりとか、法律をつぶしたりとか。そういうことをいろいろとやって、やるたびにもちろん上司とはケンカになります。ケンカというか、駆け引きになっていくんですね。

銀行という組織が役所と違うところは、まず、入ってくる人の数が多いんです。それで、一応、みんな横並びの競争をしているということになっている。それでも、もちろん、頭取になる人は1人ですし、それも役所みたいに毎年次官が出るなんてことはなくて、1人の頭取が何年もやりますから、何年かに1度しか新しい頭取は出ないと。そうすると、相当厳しくふるい落としていかないと、1人に絞れないわけですよね。

ですから、出世競争というのがどうしても激しくなる。減点主義で、つまらないことで、どんどんはじいていく。要するに、そうしないと昇進をさせられないというか、選ぶためにふるい落していくみたいな、そういう感じが非常に強いんですね。

役所の場合はちょっと事情が違っていて、もともと入るときに区別というか、職種として昔は「上級職」、いまは「一種」と言いますけれども、行政職の中のいわゆるキャリア官僚ということで、幹部候補が最初から決まっているんですね。(略)そうすると、細かいことでそんなに無理してふるい落とさなくても、だいたい課長ぐらいまではみんなスーッと上がっていける。銀行ほど減点主義は強くはないという感じはします。

ただ、似ているのは、銀行だったら預金者のためとか、あるいは融資先の企業のためにがんばっていく、それが社会のためになる、ということなんですけれども、どうしてもそれよりも「自分の組織のため」という意識が強くなりますよね。

役所の場合は、最終的なお客様というのは国民です。だから本当は国民の利益のためにがんばった人が偉くなるという仕組みじゃなければいけないはずなんですけれども、そうではなくて、やはり「組織のため」となる。とくに、天下り先と一体となった「役所の利権」の構造を拡大するのにどれだけ貢献したか、これが最大の評価基準なんですね。

だから、減点主義というよりは、利権拡大ができたかどうか、そこに基準が置かれてしまうので、やっぱり、どうしても国民のためにならないことに必死になる。

たとえばこんな法律はやめて、規制はやめて、そうするとこの団体も要らなくなるし、この予算も要らないね、というようなことをやるのが国民のためであっても、それをやると、いや、どこそこの団体にいるあのOBのポストがなくなるねと。それだけじゃなくて、そういうことを繰り返していくと、自分たちの行き先もなくなるよね、と。何のためにそんなことやってるんだと、そういう感じになってですね、そうすると「×」がつくという流れですね。

ですから、国民のためにあんまりがんばりすぎると、そういうことでふるい落とされるという事態が起きるわけです。私もそういう経験を何回もしました。まさに出向、出向の連続で。あんまり目立つように切り捨てると、役所の中では私は改革派ということで、ある意味旗印になっていたから、バッサリ切るというのはけっこう目立ってやりにくい。

そこでまず1回出向させて、またそこからさらに出向させて、それでフェードアウトさせようみたいな、そういうこととの闘いがありました。そこでまたいろいろとやって復活したりするんですけれども。

あるいは、とんでもない次官がいて、裏金の問題を隠して、なんとか生き延びようとするような幹部と闘って、ほとんど追い詰めて、もう次官も、その次の次官になる局長も一緒に首だ! みたいなところまで追い詰めたところで郵政国会があって、それで政治状況がガラッと変わって、結局生き延びさせてしまったみたいな、そんな経験もありました。

だから半沢直樹がやっている命懸けの闘いというのは非常に共感できるところもあるんですけれども、1つ、僕と違うなあと思ったのは、やっぱり半沢直樹って、自分のいる銀行を守ろうとしているんですよね。金融庁の検査でも、いろんな不祥事がバレちゃいけないと奔走する。そういう発想で仕事をしているんです。

僕はぜんぜん違って、むしろそういうのはどんどん外に出していこうと。経産省を守るという意識はまったくなかったので、そこはちょっと違うなあと思いました。

逆に、そうやって組織を守っていくということは、最後はやはり、自分が頭取にならない限り、誰かにつぶされる危険性というのが常に残っている。だから、本当は1回つぶして、破綻処理でもして、そしてまったく新しい組織に蘇らせるということをしたほうがいいかもしれない。僕だったら最終的にはそっちを狙うんですけど。ちょっとそこが違うなと。

(略)