官々愕々「海峡道路構想」の復活
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10月22日付の朝日新聞デジタルに「海峡道路構想、復活の動き『無駄』批判、'08年に凍結」という記事が掲載された。

「海峡道路構想」とは、東京湾口道路(神奈川県横須賀市~東京湾~千葉県富津市)、伊勢湾口道路(愛知県渥美半島~伊勢湾島嶼部~三重県志摩半島)、紀淡海峡道路(和歌山市~紀淡海峡~兵庫県洲本市)、豊予海峡道路(大分県~豊予海峡~愛媛県)、関門海峡道路(北九州市小倉北区~関門海峡~下関市彦島)、島原天草長島連絡道路(長崎県島原半島~熊本県天草~鹿児島県長島)のことを指す。これらの構想は、'87年の第四次全国総合開発計画(四全総)に萌芽が見られ、'98年の全国総合開発計画(五全総)で調査が本格化したが、その後、'08年には「凍結」された。

この間の経緯を見ると、無駄な公共事業がどのように育てられ、危機を潜り抜けて、実施に至るのかということがよくわかる。

まず、'87年の四全総を読むと、例えば、四国地方の記述には「長期的な視点から、(四国と)本州、九州との広域的な・・・・・・交通体系について検討」とだけ書いてある。普通の人には、何のことだかさっぱりわからない。しかし、官僚たちには、これで十分だ。彼らは、この記述を頼りに、紀淡(四国と本州)、豊予(四国と九州)などの構想が認められたと解釈し、そのための調査予算をとって、少しずつ既成事実化を図る。そして11年の時を経て、五全総では、各構想が、例えば「紀淡連絡道路の構想については・・・・・・構想を進める」などと正式に認知される。

計画は荒唐無稽なものが多く、例えば、紀淡海峡道路には、全長2・5㎞にもなる世界最大級のつり橋「紀淡海峡大橋」が架けられることになっていた。

しかし、さすがにこんな馬鹿げた構想は日本の財政事情から考えて到底実現不可能だし、これから人口がどんどん減っていくのに、そんなものを作っても意味がない。そればかりか、将来世代に維持更新投資の負担を押し付けることになるからということで、国民の批判が高まり、'08年には凍結された。さらに、'09年には「コンクリートから人へ」を掲げる民主党政権が誕生し、復活はほぼ不可能となった。国民は皆、これらの構想はなくなったと思っていた。

ここで、賢明な読者は既にお気づきのとおり、構想は「廃止」されたのではなく、「凍結」されたというのがポイントだ。官僚たちは、「凍結」で諦めたと見せかける。しかし、計画から削除することは絶対にしない。

実は、全国の公共事業の中には何十年も前に構想されて、その後、必要性がないことから、全く計画が進んでいないものが数え切れないほどある。しかし、これらのほぼ全ては、
「計画凍結」の状態にあって、決して廃止はされない。

安倍政権が誕生して、「国土強靭化計画」の推進気運が高まると、死んだはずのゾンビプロジェクトが蘇り、族議員と官僚たちが二人三脚で嬉々としながら踊り出した。地元自治体もこれに呼応し、調査開始などを決める。合い言葉は「防災・減災」。しかし、これらの構想が出てきた四全総142ページのうち「安全性の確保」に割かれた記述はわずか5ページ。防災・減災など殆ど関心がなかった時代のプロジェクトだ。しかも、これらの壮大な無駄遣いの財源は、増税される消費税である。

四全総が出た26年前。現在の官僚たちの殆どはまだ入省前だった。しかし、官僚たちに埋め込まれた利権確保のDNAは「凍結」では死なない。無駄な構想は、「凍結」ではなく「根絶」しなければ、いつか国民がバカを見ることになるのだ。

『週刊現代』2013年11月9日号より

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