読書人の雑誌『本』
『新検察捜査』著:中嶋博行
検察のヒロイン、再び

法律家の世界がグラグラ揺らいでいる。これまで、わが国の法曹界は司法試験という現代の「科挙」制度に守られて自由競争と無縁な安穏とした日々を送ってきた。ところが、超難関だった司法試験が骨抜きになり、ちょっと難しいだけの資格試験に改められて、合格者は四倍増、弁護士人口のビッグバンが起きる。

日本はアメリカ型の訴訟社会とちがって、インフォーマルな密談や談合が横行する手打ち式の社会である。もともと弁護士に割り当てられる仕事の総量はたかがしれていた。そこに大量の同業者がなだれ込めば、当然、激しい過当競争が生じる。依頼人の「争奪戦」が始まり、ついには都道府県で金額に差があるが、月額三万数千円から六万円の弁護士会の会費支払いにも事欠く会員まで現れた。

会費を払えなくては弁護士会に所属できない。そして、弁護士会に籍がないと弁護士の肩書き自体を失ってしまう。司法試験に合格しても弁護士を名乗れないのだ。前世紀に弁護士資格を得たロートルの私などにはとても信じがたい激変ぶりである。

法曹界の地盤沈下は弁護士だけではない。追い打ちをかけるように、検察の威信さえフラつき始めた。それも司法の正義を象徴してきた検察特捜部が崩れかけている。

一昔前、政治家絡みの疑獄事件や企業犯罪といえば東京地検特捜部の独壇場だった。警視庁、捜査二課の刑事たちは、大物政治家を乗せた特捜検察の車列が小菅の拘置所に入るシーンをテレビニュースで見ながら、なにもできない悔しさを嚙みしめていた。当時、警察は特別法や複雑な企業取引の捜査が苦手で特捜事件には非力であった。

しかし、いまでは警視庁と大阪府警の捜査二課には政治資金規正法や企業会計のエキスパートがそろっている。検察特捜部と肩をならべて大企業の立ち入り捜査を行うこともめずらしくない。自信をつけた警察官僚は鼻息が荒い。捜査の現場に検察官は一切不要だという声まで聞こえてきた。

一方、警察の台頭に危機感をもった検察特捜部は功を焦ったのか、みずから法を踏み外す。大阪地検特捜部による証拠の改竄は社会に大きな衝撃を与えた。検察の凋落は目を覆うばかりで、つい最近も東京地検のずさんな証拠放置が発覚した。

司法改革が進むにつれて、逆に法曹界が意気消沈していくと感じるのは私だけだろうか?
そこで、疲弊した法曹界に活を入れるべく検察ヒロインの再登場である。もちろん、ミステリの話ですよ。

私は十年ほど前から犯罪被害やイジメ問題の執筆に力を注いできた。その後、病で倒れたこともあってミステリとはすっかりごぶさたになってしまった。が、けして縁を切ったわけではない。私はミステリ出身で、この世界が大好き。闘病生活中も次回作の構想を練り上げていたのである。とはいえ、たっぷり時間をかければそれだけでストーリーが浮かぶわけではない。

 
◆内容紹介
女性を殺害しその心臓を取り出す猟奇殺人事件を起こした少年が逮捕され、横浜地裁は騒然としていた。同じ頃、横浜地裁で被告の医師が何者かに射殺される。事件の担当を任される女性検事、岩崎紀美子。著者の原点である江戸川乱歩賞受賞作、累計50万部のベストセラー『検察捜査』のヒロインがふたたび登場、世間を震撼させるシリアル・キラーの少年の事件から、その裏にある巨悪に迫る。14年ぶり、衝撃の書き下ろし長編小説!