[虎四ミーティング]
池谷幸雄(体操競技指導者)<後編>「仮面ライダーになりたかった!?」

二宮: 池谷さんは何歳から体操競技を始めたのですか?
池谷: 僕は4歳から始めて、最初は一般のクラスだったんです。小学3年生から本格的な選手のコースに移りました。それまでの夢は「仮面ライダー」だったんですけど、そのコースに入った時点で「五輪」に変わりましたね。

二宮: やはり子供の頃から運動神経は良かった?
池谷: 本当、猿みたいでしたね(笑)。屋根の上を走ったり、2階からジャンプしたりもしていました。階段も普通に歩いて降りることがなくて、必ず飛んで降りていましたね。家の中を移動する時も、前転か後転か逆立ちでした。それで親も“このままじゃ、まずい”と思って、体操を習わせたそうなんです。

二宮: ヤンチャ坊主だったんですね。バク転ができるようになったのは、いつ頃ですか?
池谷: 僕は小学3年ぐらいでできるようになったんです。それで学校でバク転ばかりやっていたら、校長先生に呼ばれて、こっぴどく怒られました。「なんのために体操やっているんだ! 危ないだろ!」と……。

二宮: それこそバク転ができたのなら、モテたんじゃないですか?
池谷: 人気者になれますよね。誰もできないことができるようになるのが、体操のいいところなんです。それに幼稚園の頃からずっと体操をやっていて、トレーニングをしていたので、身体もムキムキでした。脱いだら、みんながビックリするような小学生でしたから。

二宮: 仮面ライダーみたいな身体付きだったんですね。
池谷: ある意味、体操を始めたことで「仮面ライダー」に近付けたのかもしれませんね。仮面ライダー役をやっている人は、おそらく体操やっていた人だと思います。宙返りや前宙を、マスク被ってやるわけですから、感心しますよ。

良きライバルだった“清風コンビ”

二宮: 中学と高校は大阪の清風に進みました。最初に日本チャンピオンになったのはいつですか?
池谷: 清風高校体操部からは五輪選手が輩出されていたので、僕は清風高校の付属中学に入れば、強くなれるんじゃないかと思ったんです。そしたら同じ1年生で実力のある4人が集まった。その年、僕ら1年生4人だけで、全国中学校体操競技選手権大会(全中)で団体優勝しました。そこから僕らは注目されるようになったんです。

二宮: それは、すごいですね。“清風コンビ”で一世を風靡した西川大輔ともこの頃、出会ったんですね。
池谷: そうです。あと2人同級生がいて、小学生時代から大阪の中ではすごく強いと言われていた4人が集まった。ちなみに個人総合で僕は4人の中でトップの4番でした。10番以内ぐらいに、他の2人が入っていて、西川君だけひとり離されて20番ぐらいだったんです。それが悔しかったんでしょうね。西川君は、全中が終わってから、すごく練習するようになったんです。そしたら2年の時に全中の個人総合で1番をとった。3年の時も1番で連覇したんです。僕は高校2年の時にやっと西川君を抜いて1番になりましたが、それまでは負け続けていたんです。

二宮: なるほど。それでライバルと言われるようになったわけですね。
池谷: 西川君が全中1位になった中2の時に、「コイツを抜かないと1番にはなれない」と思ったんです。そういう切磋琢磨があったからこそ、僕は強くなれたんだと思います。そして、高3の時に2人そろって五輪に出場することができました。