読書人の雑誌『本』
ブルーバックス創刊50周年記念特別対談
大栗博司×池谷裕二 『科学は「幻想」か』

[左]大栗博司氏 [右]池谷裕二氏

講談社ブルーバックスの創刊五〇周年を記念して九月八日に開催された大栗博司氏と池谷裕二氏による講演会での、両氏の対談の抜粋をお届けする。大栗氏は『大栗先生の超弦理論入門』を、池谷氏は『単純な脳、複雑な「私」』をブルーバックスから上梓した。司会は毎日新聞専門編集委員の青野由利氏。

自由は「幻想」か

青野: お二人の著書にはいずれも「ゆらぎ」という言葉が重要なキーワードとして登場します。大栗さんの本では、物質をどんどんミクロな世界まで追いつめていくと、ついに空間や時間さえゆらぐ領域に到達してしまうこと、そして池谷さんの本では、人間の脳の回路にはゆらぎがあって、そのときの状態によって記憶力や運動能力にまで違いが生じる、といったことが書かれています。物理学と脳科学でそれぞれいわれる「ゆらぎ」には、何かつながりがあるものですか?

大栗: ゆらぎといっても二種類あるんです。一つは、物質を分子レベルで見ると熱運動をしているために起きる熱的なゆらぎ。もう一つは、いま青野さんがいわれた究極のミクロ、量子力学の世界で起きるゆらぎです。両者はまったく別物なんですが、脳で起きているゆらぎは、そのどちらでしょうか。

池谷: 脳の活動はニューロンの発火によって起こりますが、それを分子レベルで見たら、タンパク質の一個一個がゆらいでいる。つまり動的なゆらぎです。

大栗: すると熱的なゆらぎでしょうから、量子力学でいうゆらぎとは違いますね。ただ、物理学者のロジャー・ペンローズは「脳の量子学的な現象から意識が出てくる」とする量子脳理論なるものを唱えています。彼は生物学は素人だったと思いますが、量子学的な不確定性が、脳において重要になってくるような状況がありえるものでしょうか。

池谷: 聞いたことがないですね(笑)。ただ、生物学と物理学で言語が違いすぎるという問題もあります。ペンローズの著作を読みましたが意図を読みとるのが困難です。

大栗: おそらく熱的ゆらぎのほうがはるかに影響が大きいので、量子力学的な効果があったとしても打ち消されてしまうでしょうね。

青野: なるほど、ゆらぎにも違いがあるのですね。もうひとつ、池谷さんのほうのゆらぎに関係して気になるのは「自由」についてです。私たちの行動や考えは、脳のゆらぎが決めているという驚くべきことが書かれているわけですが、そうなると、はたして私たちに自由意志というものがあるのか、心配になってきます。物理

池谷裕二著『単純な脳、複雑な「私」

学でも、あらゆる出来事は物理法則によって最初から決められているとする決定論という考え方がありますが、お二人は自由についてどうお考えですか?

池谷: 難しい問題で、話すと長くなります。くわしくは私の本の第四章に書いてありますが(笑)、自由意志は存在するかと聞かれたら私は、自分が「自分は自由だ」と信じているのなら「存在する」と言っていいと思います。ただし、「自分は自由だ」と感じる「意識」とは、脳の活動の大半を占める無意識から見たら、表層的な飾り物にすぎない。自由は、よくできた幻想です。本当は自由ではないのだけど、まさか自分が自由ではないとは思わない、私たちの心はそのようにうまくプログラミングされているんです。